SFC CLIP編集部では、2005年度春学期に情報技術認定試験分析・改善プロジェクトを立ち上げた大岩研究室の、大岩元環境情報学部教授と杉浦学さん(政・メ博士課程)に情報技術科目への見方などを聞いた。今週は後編として情報技術認定試験分析・改善プロジェクトと、情報技術科目の問題点に関する話題をお送りする。


編:SFC CLIP編集部
大:大岩元環境情報学部教授
杉:杉浦学さん(政・メ博士課程)
■情報技術認定試験分析・改善プロジェクト
情報技術認定試験分析・改善プロジェクトの概要を教えてください。
杉:このプロジェクトは、2005年の春学期に立ち上がって、現行の認定試験の問題を全部レビューしたものです。そして問題点と改善点を先生方に見ていただいて、一時の改善が行われました。従って、2005年春学期以降の試験問題は、改善後の問題です。それでもまだ問題点は山積みですが、集中的に活動する期間は一旦終了しています。
大:活動の第一期は終わっていますが、これで試験問題が完璧になったかというと、決してそうではありません。とりあえず、非常に不適切な問題は試験から外した、という程度です。
自主的にプロジェクトを立ち上げ、試験を運営なさっている先生に改善点を提示したということですか?
杉:もともと、われわれは問題作成には関わっていませんでしたが、試験が87回くらい実施された後に、第三者の目からレビューをさせて頂きました。そして、試験を運用なさっている先生に、改善してくださるようお願いしました。

プロジェクトによって算出された、問題改善前と改善後の正答率の差。改善後のほうが正答率が落ちており、適切に学生の能力を測ることができるようになったことがわかる。
■日本全体の問題?
現在の情報技術科目で、問題だと思うところがあれば教えてください。
大:これは日本全体が抱えている問題なのですが、情報技術を中等教育できちんと教えなければならないという認識が、社会全体にありません。実際、進学校では情報の授業時間を受験対策に転用しているところが多くあります。それで、中等教育でコンピューターについて学んできた人と、学んでいない人の能力差が、「幼稚園児と大学院生の能力差」と言っていいほどになっています。
 SFCには、もうパソコンについて勉強する必要が無いくらい詳しい人もいますが、逆にパソコンを触ったことが一度も無いような人もいるという状況です。
 中等教育でコンピューターについて学んだ人に関しても、問題はあります。タイピングというものは、きちんと教えなければならず、僕も非常に重視しているのですが、中等教育にはタイピングをちゃんと教える制度がありません。そして、タイピングをきちんと教わらずに、自分なりのクセがついてしまった人が、SFCの認定試験に合格するのはものすごく大変なはずです。全くのゼロからタイピングを始める人よりも、なまじ不徹底な教育を受けてきた人のほうが、正しいタイピングを覚えるのは困難なのです。
 こういった難しい問題がいろいろと重なってくるので、これは簡単に説明できません。
情報技術科目を改善していくために必要なものは何だと思いますか?
大:やはり、情報技術とどう付き合うかというのは日本全体の問題です。欧米の先進国は、情報化社会に対応する教育をするために、政府レベルの施策を出しています。中国やインドでも、今、情報技術で国を興そうとして、情報技術者の育成を必死になってやっています。しかし日本では、政府レベルで行う技術者の育成に関しては、ようやく最近掛け声が出てきた程度です。昔、全国でパソコン教室をやりましょうということで、資金が出されたこともありましたが、ただお金をばら撒いただけで、どう教育するかという研究は無いに等しかったので、効果は上がりませんでした。
 また、日本の情報技術者には初級技術者が多く、先端的な研究を行う上級技術者が少ないんです。インドや中国には上級技術者が多くいますが、日本にはあまりいないという状態になっています。インドや中国では、情報の専門教育を受けた大学の卒業生は他の卒業生に比べて5倍から10倍給料が高いんです。だから、そこに優秀な若者が殺到しますし、国もそれを奨励します。
 
 それに対して、日本は大学を卒業したらみんな同じですから、他の国に比べて情報技術を勉強するインセンティブが低いわけです。だから、SFCでもそうですが、情報技術なんてめんどくさい・エグい、と言って勉強しなくなってしまいます。
 このように、情報技術に関する人材育成が、日本では出来ていません。SFCも、情報技術を使うことには熱心です。しかし、使う人間を賢くすることに興味を持って、情報技術教育の専門の学会に出かけていって活動しているのは僕だけなんです。人を賢くするということに関して、プライマリーな興味を持っている人が、残念ながら少ないんです。それは、日本全体の状況を反映していると思います。だから、もっと情報技術がわかる学生を増やすことに興味を持つ教員が増えることが必要だと思います。
杉:情報技術科目は専門家の先生が中心になって運営しています。確かに責任を負わなければならないのは専門の先生かもしれませんが、情報の専門家以外の先生の視点も情報教育の中に盛り込んでいけたらいいなと思い活動しています。ただ、先生方も忙しいので、そういった改善というのはなかなか難しいですね。
大:いろんな問題があるので、なかなかSFCだけでも解決できません。もっと教育をちゃんとやらなければならないと思いますが、そういう問題意識は必ずしも共有されていくとは思えません。現在、とんでもない問題が起きているというわけではないと思います。しかし、決して理想の状態ではなく、かなり問題があることも認識しています。改善が大変なので、少しずつ進めていっている、ということで理解していただければと思います。
ありがとうございました。
 今回、長時間にわたり貴重なお話を聞かせてくださった先生方、ありがとうございました。2007年からのカリキュラム改革に関しても、「情報技術をさらに基礎から教える。また、情報系の先生だけでなく、文系の先生の意見も取り入れてカリキュラムを作っていきたい」とのお話を伺うことが出来た。これからの情報科目の動きに期待したい。
■今までの情報技術科目の移り変わり

□1990-1993の情報系科目
・情報処理言語Ia,Ib
入学後1学期に必ず履修しなくてはならない。Iaでは基本操作などを学び、Ibではプログラミングなどを学ぶ。
・情報処理言語II
Ia,Ibの後に履修する。以下のコースの中から1コース選び履修する。
[T]統計
[P]LISPプログラミング
[S]システム
[Z]応用ソフトウェア
[G]グラフィックス
[A]アート
[M]ミュージック
[D]データ処理
[E]アルゴリズムデータ構造
[L]prologプログラミング
□1994-2000年度の情報系科目
・情報処理Is,Ia,Ib,Ic
入学後1学期に、情報処理Is,Iaを履修する。これらの単位を取得できれば、2学期目にIb,Icを履修することができる。
Is:オムニバス形式の講義。CGやネットワークの利用環境について学ぶ。
Ia:演習形式の授業。キーボード操作や文章作成を学ぶ。
Ib,Ic:プログラミングの入門などを学ぶ。
・情報処理IIa,IIb,IIc,IId
原則、情報処理Iの後に履修する。各科目ごとにいくつかのコースに分かれていて、履修できるのは1つのコースだけ。
IIa:[A]アート
  [G]グラフィックス
  [M]ミュージック
IIb:[B]遺伝子情報処理
  [N]ネットワーク
  [S]システム
IIc:[C]Cプログラミング
  [J]Javaプログラミング
  [P]LISPプログラミング
  [Z]応用プログラミング(ゲームプログラミング)
IId:[D]データ処理
  [E]アルゴリズムデータ構造
  [T]統計
□2001-2003年度の情報系科目
2001年度のカリキュラム改革で、情報処理科目群が出来た。これに伴い、「情報処理Ia,Is」は「情報処理」に変わり、「情報処理Ib,Ic」は「プログラミング入門」に変わった。情報処理IIa,IIb,IIc,IIdは、その他の情報処理科目に割り当てられた。
□2004年度以降の情報系科目
 2004年度のカリキュラム改革で、情報処理科目群は情報技術科目群に変わった。これまで設置されていた「情報処理」の代わりに「情報技術基礎」が設置された。同時に、タイピング・基礎知識問題・基本操作問題からなる情報技術認定試験も設置された。情報技術基礎以外の情報技術科目を履修する場合、認定試験に合格していることが履修条件となる。
 情報技術基礎は4単位の授業である。よって、認定試験に合格し、その他の情報技術科目を履修しなければ、卒業に必要な単位が取得できない。だが、認定試験の合格率はあまり高くなく、合格に時間がかかる学生が多いのが現状である。(参考:http://ipl.sfc.keio.ac.jp/qualified/stat/2006stat.html)
 次回は、現在情報技術科目の運営をされている服部隆志先生に焦点を当てる。