インターネット技術の研究で有名な村井純研究室。その中でも、インターネットの思想で社会の仕組みをデザインしようとしているNECO研究グループはとりわけ異彩を放っている。今回は、リーダーの前嶋陽一さん(経4)にインタビューし、ユニークな研究コンセプト、研究内容・活動内容や今後の方針などについて伺った。


はじめに、NECO研究グループのコンセプトを教えてください。
 私たちは「日本のインターネットの父」と呼ばれる、村井純教授の研究室に所属するグループです。研究内容を一言にまとめると、「インターネットの構造から社会の構造を考え直す」ということです。
 インターネットは「自律したコンピュータ同士が協調してネットワークを動かしている」という構造になっています。インターネットには中央管理機関がなく、一部のコンピュータが不具合を起こしても全体として問題なく機能します。この構造を「自律分散」構造と言います。
 逆に、電話は「電話局がすべての端末情報を管理する」システムです。電話局を爆破すれば、その一帯の電話は不通になります。これは「中央集権」構造と言い、その中央が破壊されるとシステム全体に影響が出てしまいます。
 今の国や会社は、中央集権的な弱さを持っています。たとえば、会社の社長が病気で倒れると、その後の企業経営に多大な影響がでることがあります。道路を作る役人が賄賂をもらうと、国民にとって不要な道路が作られてしまうこともあります。
 このような組織は、中央が強力で正しい決断を行える場合はいいですが、中央が壊れてしまったり、間違いを起こすと、全体に大きな影響が出てしまいます。そこに問題意識を感じ、社会の中の中央集権構造を自律分散構造にしていけないか検討し、変えたほうがいいものは変えていくのが私たちの活動コンセプトです。

NECO研究グループの目指す社会像とは?
 相互の信頼をもとに、市民が自律分散的に行動することで成り立つ世界を目指しています。つまり、それぞれの意思が社会に影響を与えながらも、全体としては秩序を保つことが出来る社会です。社会的に統一された指標で測られるのでなく、それぞれの能力や価値観が重視される、「一人ひとりが主役」が実現できる世の中です。
 いまいち伝わりにくいですが、最近私たちの指導教員(斉藤賢爾講師)が本を出版しました。『不思議の国のNEO-未来を変えたお金の話』(太郎次郎社エディタス)という本です。この本では、新しい経済秩序(New Economic Order = NEO)の国を女の子が冒険します。分かりやすい本になっていますので、ぜひ読んでみてください!

具体的にはどのようなことを研究されているのですか?
 具体的な研究内容としては、地域通貨のインターネット実装「i-WAT」の実装・普及や、友達ベースの情報検索エンジン「Compass」の実装・応用などをメインに行っています。
 地域通貨のインターネット実装「i-WAT」は、WATシステムという手形取引と似た信用取引で決済を完結させる地域通貨システムを、インターネット上で実装したものです。これは、それぞれが自分のモノや、出来ることを約束して手形にすることで、誰でも「お金」を作り出せるという仕組みです。この仕組みは利用者それぞれが信用を担保し、発行量を調整するので、中央銀行がいりません。
 例えば、日本の"円"は、中央銀行が破綻すれば日本中で取引が出来なくなるし、通貨の供給量の調整を間違えると、サブプライム・ショックのような信用破綻を引き起こすこともあります。そこで、信用の主体を分散し、さらに誰でも必要なときにお金を出し、必要ないときは自然に清算が行われていく仕組み作りを行っています。
 友達ベースの情報検索エンジン「Compass」は、「友達の好きなものは自分も好きである傾向がある」という仮定に基づいて情報をランキングする仕組みです。mixiやGREEのような一般的なSNSでも友達の好きなモノを教えあう仕組みはありますが、それを「友達の友達」や「友達の友達の友達」まで拡張していくのが「Compass」の特徴だといえます。絵や料理のような個人の感性で判断されるものを、個人の好みに合わせてランキングできるという点が従来の検索エンジンと違います。現在は個人の興味に応じて情報をランキングして表示するニュースサイトの実装や、アートの流通支援プラットフォームへの応用などで形になりつつあります。
 これらの技術をベースに、実社会への応用物の考案や応用を考えています。もちろん、全く新しい社会の仕組みを作れないかという議論も常にしています。

最近はどのような活動をされているのですか?
 問題提起から実装、さらにはフィールドワークや普及まで考えるという「一気貫通」で研究を進めるのが私たちの研究ポリシーです。時には外部の団体とコラボレーションしつつ、世間に普及し使われるところまで考えて携わるのが私たちが理想とする研究の姿です。
 それは私たちの研究が「社会の構造を変える」ことを目指しているためです。「社会」という言葉の中にはコンピュータネットワークだけでなく人が存在しています。人と人の相互作用や感情的な反応まで研究し尽くしてこそ、「社会の構造を変える」ということができます。私たちの研究において、「実験」には多数の人間の自発的な参加が必要で、実社会におけるフィールドワークや、そのための普及活動が不可欠なのです。
 実際にこのような方針で研究していると、技術や実装よりも、フィールドワークや普及活動で壁に当たることが多いです。そのため、他の研究室と異なりフィールドワークや普及活動に多くの活動時間を割き、研究とは一見関係がないようなこともやっています。

「研究とは一見関係がないようなこと」とはどのようなことですか?
 一番分かりやすい例が、小学生向けのワークショップです。これは小学生に「お金」の仕組みを教えることを通して、お金の大事さ、お金を稼ぐ意味を知ってもらおう、というものでした。はじめは「ワークショップコレクション2008」というイベントに向けて作られたワークショップでしたが、好評を博し、小学校に訪問して出張授業をすることもできました。
 一見すると研究内容に関係ありませんが、このワークショップは「インターネット上での地域通貨の実装」に関連したワークショップでした。実社会への普及まで目指す私たちにとって、地域通貨のメリットや使い方を説明することは一つの大きな問題。その中の究極の目標として「子供にも分かるワークショップを作ろう」というものが掲げられました。
 そして、子供にも分かるように地域通貨の話を突き詰めて単純化していくと、「お金」の成り立ちや仕組みについての教訓に行き当たりました。それは「お金を払うという行為は、ありがとうという気持ちを伝える行為である」ということでした。偶然たどり着いたこの発見を子供たちにも分かってもらいたいと思い、教育目的の子供向けワークショップを作りました。
 地域通貨の普及には直接関係なくなりましたが、コンセプトは地域通貨と遠からず、といった内容でした。子供向けワークショップを通して、広く共感してもらえるコンセプトも見つけることができ、わかりやすく伝える技術もレベルアップできました。今後は大人向けに普及するためのワークショップを拡充させて行きたいと思います。

今後の研究内容、活動内容を教えてください。
 昨年度まではデジタルメディア・コンテンツ統合研究機構(DMC機構)の「共感動経済とP2P 2.0プロジェクト」と共同で活動していました。先述の小学生向けワークショップもその研究プロジェクトとして出展していました。DMC機構という研究のためだけの機構にいたため、社会的な行動を起こしやすいという面もあり、フィールドワークや普及活動の面に関して、学部生もかなり多くの経験が積めたと思います。
 ですが、学部生の技術的な教育などはしっかり出来ていない部分がありました。DMC機構の終了に伴い、今年度、私たちは再び村井純研究室の研究グループとして単独で活動することになりました。そこで今後はもう一度学部生の技術レベルの向上を図り、技術研究から社会への普及まで、すべて一貫でできる人間を輩出する研究グループを目指したいです。具体的にはプログラミングやネットワーク技術の勉強会を企画・実施しています。

最後にSFC生に対してメッセージをお願いします。
 私は経済学部なのですが、NECO研究グループの研究内容に惚れて三田から通っています。NECO研究グループの理想は「世界を変える」というとんでもなく高いものだし、研究内容は経済学とも理工学とも関連する分野。そして基礎理論の勉強からフィールドワークの実践まで、何でもやる覚悟が求められます。NECO研究グループの研究は幅広い知識を実践レベルで求められるハードなものですが、これこそまさにSFCのコンセプトを体現したものだと思います。
 私たちはいつも仲間を求めています。単なる勉強だけ、研究だけ、社会活動だけでは終わらないNECO研究グループで、最高のSFCライフを満喫しましょう!