【セッション】21世紀は脳の時代である「脳を知る、ヒトを知る」
ORF2015の2日目・21日(土)、セッション「脳を知る、ヒトを知る」が開催された。環境情報学部、文学部、理工学部の3学部による講演で、脳研究の最先端をそれぞれの研究から紹介した。
■司会
- 牛山潤一 環境情報学部准教授
■パネリスト
- 青山敦 環境情報学部専任講師
- 皆川泰代 文学部心理学専攻准教授
- 牛場潤一 理工学部生命情報学科准教授
脳情報の計測 環境への適応と把握
脳情報が専門の青山講師は、MEG(脳磁図)を用いた脳と環境の相互作用の実験について、3つのトピックを挙げて話した。
人間は未知の環境に適応する能力を持っているのか
左右の聴覚情報が反転する環境で数週間生活するという実験がある。被験者は少しずつその環境に順応。違和感が1週間で消失し、行動は4週間で遅めに順応したという。この実験を分析すれば、バーチャルリアリティ(VR・仮想現実)を楽しむ装置をつけると生じる「VR酔い」の原理的な問題を明らかにすることが可能となり、対応策がわかるかもしれない、とヘルスサイエンスに繋げた考えを示した。
人間はどのくらいはやく環境を把握できるのか
シマ模様の上下移動にあわせて音が高低、たまにシマ模様が上に移動するのに低音が出るなどの矛盾した動きを加える実験を行った。その結果環境把握は認知的・行動的な決定の0.5秒前から行われており、脳の視覚野と聴覚野が次に来る刺激を瞬時に予測しているということがわかった。
脳情報から環境を推定できるのか
物体A、物体Bを見たときの脳データを1秒間とる実験を何度も行う。結果で得られた無数の脳データの一部を使い学習器を作成、どの脳データがどの物体を見たときのものかを登録する。これにより残りのデータをその学習器に通すと、脳データを参照するだけでどちらの物体を見たのかが判別できるようになる。この技術を用いれば、植物の生体電位を使って植物の意思を汲み取ることができるようになるかもしれない。
最後に「マルチモーダルな脳機能を介した知識集積を行なうことで、我々がまだ知らない潜在的な脳の力をまた解明し、それが人間のさらなる可能性を切り開いていくのでないかと思っている」と述べ、講演を終えた。
人は必要な能力を持ち続け、不要な能力は落とす
皆川准教授は、近赤外線によって頭皮上から脳計測ができる装置NIRSを用いて、思春期までの脳の発達を研究している。今回は赤ちゃんの脳についてクイズ形式で説明を展開した。初めに、新生児ができることについて問題を出し、真か偽か、来場者の考えを尋ねた。
赤ちゃんはサルの個体識別ができるのか
6ヶ月児ではサルの顔を見分けることができるが、10ヶ月児になると顔を見分けることができなくなるという実験結果がある。また、4ヶ月児の日本人の赤ちゃんに人とサルのコミュニケーションコールを聞かせて脳反応を見ると、人とサルのどちらの声にも活動が見られたが、大人の場合だとサルの声では活動が見られなかった。このような機能は生後10ヶ月くらいになると環境適応により低下するのではないかと推測されている。
3ヶ月児は母語とすべての言語を聞き分けることができるのか
赤ちゃんは、母語と違うリズム構造の言語は聞き分けることができるが、同じリズム構造の言語は聞き分けることができない。胎児はお腹の中でイントネーション情報や言語リズム情報しか聞こえないためである。また、脳を見ると言語野に強い活動が見られた。赤ちゃんのときからすでに言語野で言葉を聞き分けていたのである。行動的には5ヶ月で聞き分けるが、脳ではすでに4ヶ月でそれぞれの言語に対して、異なる処理を行っているという実験結果が得られている。
赤ちゃんはすべての言語の母音と子音を聞き分けることができるのか
日本人は英語の“R”と“L”の聞き分けが苦手とされているが、日本人の赤ちゃんは聞き分けることができるという。8ヶ月ではアメリカ人も日本人も同じような脳反応が見られたが、12ヶ月になると日本人は聞き分けができなくなっていた。日本語では聞き分けが不要なため、能力が低下したのである。
新生児は音韻に対して脳反応が見られるが、母音を聞いたときの脳反応の差がその後の言語発達に影響する。言語は小さい音の違いを見つけ、あわせて単語にするため、母音と子音を聞き分けるのは言語獲得には欠かせないのである。
「人は周りの環境に入力を受けながら、自分に必要とする能力を持ちつつ、不要な能力は落とす。そのため、シナプスの数は赤ちゃんが一番多いが、その後は必要な分のみ増強して数は少なくなる。しかし、高次処理を行なう前頭葉は大学生になってもまだ発達するため、勉強すればもっと成長できる」とセッションに参加していた学生に呼びかけ、皆川准教授は講演を終えた。
どんな革新的な技術も有効に使われなければ意味がない
理工学部の牛場准教授は、テクノロジーを使って脳の仕組みを知ると同時に脳の状態を操作する研究に取り組む。「脳の治療技術を医学部からではなく理工学部からつくりたい」という大きなメッセージをもって活動している。医療機器として社会に出すためには、治療原理の発見、医療システムの構築、治験や法的承認の取得、と手順を踏む必要がある。そこで今回、実用化に向けた取り組みを映像で見せながら、脳と機械を直接的に作用させるブレイン・マシン・インターフェース(BMI)を用いた研究について紹介した。
手足が動かせない人でもBMIを使えば…
時間的な反応性がはやい、ポータビリティがいいということから、研究室では頭皮脳波を使う。神経細胞は電気的な信号を送るため、それが形成する電位変化を頭皮上から計測する。もちろん、間接的にセンサーで測っているため、脳活動そのものではなく、さまざまな神経活動が混ざってしまうが、信号をうまく処理すれば脳のなかに電極を入れなくても、表面上からある程度の運動野の活動を読み取ることができる。これをリアルタイムで行なうと、例えば手足を動かせない人でも脳活動を計測してゲーム内のアバターを動かすことができるのだ。
新しいBMIの研究方向
BMIを使っていくと、患者が学習し、自分の意思で運動野の信号を出したり引っ込めたりすることができるようになる。脳活動を計測・記録し、運動に関連する信号をリアルタイムで処理し、制御する。その結果、どのように機械が動いたのか本人が学び、脳の信号の出し方を再獲得できる。これにより、望んでいる方向に脳をチューニングすることができ、うまく利用すれば、今までの医療では治せないと言われていたような障害を治療することができるのではないか、と考えている。
牛場准教授は、「統計技術を使って脳のなかを可視化し、リアルタイムに診断する。それからVR、ロボット、BMIを使って脳にフィードバックを与えて脳を治療する。そういうことを使って、これからの神経医療は理工学部からもつくれる。医工連携をよく聞くが、これまでの御用聞き型ではなく共創の時代に入っていく」と強調して話を終えた。
100年後につながる脳研究
今年のORF2015のテーマは「次世代の芽」である。そこで、最後にパネリストらは「自分の研究が100年後にどのようにつながっていくのか」を一言ずつ語った。
青山講師「我々が経験していることを読み取り、入力、出力がきちんとできるようになれば、マトリックスやインセプションなどのSFの世界が実現するかもしれない」
皆川准教授「脳のコネクティビティを確認して発達障害を早期に見つけられるかもしれない」
牛場准教授「100年前に近代サイエンスなんてなかった。100年後は変容した学問があるかもしれない。100年後のことはわからない、だがそれくらいの方がやりがいがある。読めてしまうと、あとはそれをやるだけなので」
「脳科学」という言葉が社会で一人歩きする今だからこそ、脳は科学的な研究対象として注目を浴び始めている。セッション会場はほぼ満席になっており、その場にいた誰もが脳研究の世界に惹きこまれていた。脳についてわからないことはまだまだ多くあるのだ。