【セッション】すべての人に伝えられる未来へ「パブリッシング - 出版の未来をウェブに見る」
ORF2017初日の11月22日(水)、「パブリッシング – 出版の未来をウェブに見る」が開催された。今年4月1日にSFCで設立されたアドバンスド・パブリッシング・ラボのメンバーらにより、インターネット時代における出版のあり方やアクセシビリティの確保などについて議論がされた。
パネリスト
- 石川准 静岡県立大学 国際関係学部教授、東京大学先端科学技術研究センター特任教授
- 野間省伸 株式会社講談社 代表取締役社長
- 村井純 政策・メディア研究科委員長、環境情報学部教授、アドバンスド・パブリッシング・ラボ代表
- 加藤文俊 環境情報学部教授
- 小林史明 衆議院議員、総務大臣政務官(兼内閣府大臣政務官)
「すべての人」を繋げることを目指す中でのアクセシビリティ
最初に加藤文俊環境情報学部教授がアドバンスド・パブリッシング・ラボについての説明を行った。その後、村井純環境情報学部教授が今回の議論の前置きとしてアドバンスド・パブリッシング・ラボ設立の背景とアクセシビリティの重要性について語った。
村井教授はかねてより「出版」という言葉を「publish」という言葉の翻訳語にして良いのだろうかと考えており、専門家に聞いたところ、「出版」という言葉は「印刷すること」であり、「publish」は「みんなに伝えたいという気持ち」という意味ではないかと言われたという。2つの言葉をこのように捉えたとき、これからのデジタル時代において「出版」と「publish」の違いがどう変わっていくのかという疑問が、ラボの設立背景の1つになったという。
また、村井教授は「インターネットを作っていくなかで、モットーでもある"すべての人が繋がる"ということを達成しようとする際、文化の多様性や言葉の多様性をきちんと受け入れられるようにしなければならない。しかし、インターネットにおけるその役割は非英語圏である日本にあり、責任があった」と語った。同時に、日本国内やSFCで「すべての人」を繋げることを目指すこれからのテクノロジー作りの中でアクセシビリティというのはとても大事になってくるとし、石川准静岡県立大学国際関係学部教授の前置きとした。
石川教授「政策なくしてアクセシビリティなし」
村井教授の話の後、石川教授が「出版とアクセシビリティ~政策なくしてアクセシビリティなし~」と題して、コンピュータやインターネットの世界における20-30年の歴史を振り返った。その上で、「政策なくしてアクセシビリティなし」と言わなければならない側面もあるとし、現在自身が関わっている国際機関や政府の関連事業の活動の現状について紹介するともに、政策に関わる事柄について語った。
石川教授は、アクセシビリティ政策を遂行するうえで、政策を立案・実施・評価・改善するというPDCAサイクルを、国連・国・分野と様々なレベルで協調しあい整合性を保ちながら進め続けることが大事であると主張した。
また石川教授は、自身が委員を務める障害者権利委員会とその元となる障害者権利条約での障害に対する考え方を紹介。日本語で一般に「障害」と一言でくくられるこの言葉を、人の「機能的"障害"」を意味する「impediment」と「社会的"障壁"」に分け、両者の相互作用によって「disability」つまり「社会的"障害"」になるとした。そして、「disabilityを小さくするために社会的障壁や社会的困難をなくすよう努力する」という日本とは異なる世界の障害に対する捉え方を紹介し、2014年に制度改革などをしたうえで障害者権利条約に批准した日本にはまだまだ取り組むべき課題があると指摘した。
日本も、政策策定・法整備を早急に
次に石川教授は、情報アクセシビリティについて「日本では情報アクセシビリティ政策を策定するうえで根拠となる個別法が未整備であり、できることが限られている」と強く主張した。しかしながら、そういった可能な活動が限られる状況で、各省庁は取り組める範囲で活動しているとした。例として総務省の「みんなの公共サイト運用ガイドライン」や放送に関する字幕付与および解説放送の時間に関する指針を紹介した。
このように各省庁は情報アクセシビリティ政策に取り組んではいるものの、ADA(Americans with Disabilities Act of 1990=障害を持つアメリカ人法)やリハビリテーション法などの個別法や政策が策定されているアメリカやEUに比べ、現在の日本は遅れをとっている。実際に電子書籍のKindleなど一部ではアメリカやEUの法整備の恩恵を受けている状況であるため、日本でもアメリカやEUのように整合性の高い政策・法整備を早く制定できれば、と主張した。
自発的創造とルールによる規制の両立の可能性
石川教授は技術開発に関して、村井教授の「民間団体が次々とアイデアを出していくことを期待するという考え方と政策や法整備で縛っていかなければならないという2つの考え方は両立するものなのか?」という問いかけに対し「自発性に基づいていろいろなことが自然とできてきて、多様性に対応した社会は良い社会だと思う。しかしそれだけですべての問題に対応できるかというと現実はそれほど簡単ではない」と述べた。そのうえでアイデア的アプローチと法整備・政策の両者の相互作用が重要であると主張し、政府はその政策アプローチの中で国際規格があるならばそれに基づいたルール策定を負担としてはいけないと指摘した。
「おもしろくてためになる」コンテンツを創り出し、データ化してパブリックに
続いて、講談社の社長を務める野間省伸氏は、講談社の現在と同社が見据える出版の未来について語った。
野間氏によると、講談社の売上において紙媒体の占める割合はすでに65%程になっており、35%は紙以外のビジネスからの収入となっているという。これは講談社がすでに次の時代を見据えたうえで電子書籍をはじめとする新しい分野への進出を効果的に進めていることを意味する。野間氏は、講談社では紙媒体が売れなくなる中で「出版」の意味を「データをパブリックにしていく」と捉えていると語り、紙以外の市場に進出を進めていくうえで「おもしろくてためになる」コンテンツを創り出していくことを様々な形で進めるとした。
協調領域と競争領域を区分して「フェア」なルールで
衆議院議員の小林史明氏は、現在日本の企業はとても「アンフェア」なルールでの競争を強いられているとし、自身が政治家に転身した際も「ルール」を変える側にまわることを志して「フェア」なルールを作るという決断をしたと語った。また、村井教授や石川教授の話にあった、民間のアイデアがどんどん生まれてくることとアイデアの標準化や規制のルールを作るということの両立に関して、小林氏は「標準化ということは、つまりは協調領域を作るということなんだと思う」と語り、協調領域と競争領域をしっかり分けることで民間のアイデアがより活発に出てくることになると主張した。
また、小林氏は「日本は、日本自体がマイノリティであることを自覚して、マイノリティとしての戦略を持ったほうがいいのではないかと投げかけていくべき」とし、我が国独自の対応をマジョリティに変えていくことでチャンスは広がっていくと述べた。
日本のコンテンツで勝負できる体制づくりを
野間氏によると、講談社ではすでにフランスなどで子会社を設立しており、ライセンス収入のさらなる拡大を図るとともに、週刊の漫画雑誌の発売と同時に翻訳版を配信することで海賊版の対策とマーケティングを行っているという。これに対して村井教授は「世界の人に愛されるいいコンテンツがあるのだから、それがどう出ていくのか考えていくというのが、デジタルテクノロジーや標準化の役割だと思います」と述べた。
創造性と規制のバランスを
参加者はセッションを通じて、日本は世界におけるマイノリティとしての戦略を練ったうえで、民間の活動を活発にするべくルールや規制などでフェアな協調領域と競争領域を構築することが重要であると述べていた。質疑応答でも「民間にとってインセンティブとなるものがあればルールの必要性が減るのでは?」という問いかけが出るなど、この両輪をどう両立させていくのかがこれからのアドバンスド・パブリッシング・ラボの取り組むべき課題の1つとして明確になった。
また、アドバンスド・パブリッシング・ラボでは、この課題の未来を担う学生に対して、この10月より意識の啓蒙などを目的にSFCで寄付講座を開講している。これからのデジタル時代を生きる我々学生にとっても避けては通れないアクセシビリティという課題に対するアドバンスド・パブリッシング・ラボの活動から目が離せない。
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