11月22日から11月23日に六本木・東京ミッドタウンにて開催された「SFC Open Research Forum 2019」(以下、ORF)。SFC CLIP編集部は、「日本語と多言語多文化共生社会」について研究発表を行っていた、杉原研究会を取材した。

今回は、「日本で働く外国人材・元留学生の労働環境の課題」、「外国につながる子どもたちの学習支援」、「"やさしい日本語"の役割と課題 SFC生の声」の3つの研究プロジェクトに着目をした。

複数言語の使用と文化間移動

研究の中心的な課題について説明をする杉原由美准教授 研究の中心的な課題について説明をする杉原由美准教授

近年、国境を超えた関わりが増え、「グローバル化」という言葉は人々の生活の中で日常的に使用されるようになった。日本社会には言語文化的に多様な人々が暮らし、共生している現実がある。そして、日本社会が多様性を受け入れる社会へと進んでいくためには、その共生の内実を問う必要があるのではないかという。

研究プロジェクト1: 日本で働く外国人材・元留学生の労働環境の課題

労働環境における課題について説明をする浅井さん 労働環境における課題について説明をする浅井さん

浅井淳之介さん(環3)たちは、日本で働く外国人が直面する困難や改善策について調査した内容を発表した。日本への留学生の増加に伴って、日本で働きたいと思う外国人も増えており、この状況の中で外国人は多くの問題を抱えているそうだ。言語の問題は学習という方法を用いて時間をかけて解決することができると思われる。しかし、日本には「敬語」や「接客文化」といった、日本ならではの文化が存在するという。文化的な面での理解は「感覚」で覚えることが多く、意図的ではなく自然と理解していくものだと考えられる。そのため、たとえ「言語の壁」を乗り越えられたとしても、文化面の理解のすれ違いによって、適切なコミュニケーションが取れなかったり、差別的な言動を受けたり、不当に扱われるといった問題が起きているそうだ。そのため、「もっとコミュニケーションの難易度を下げる方法はないか」という課題について考える必要があると浅井さんは述べていた。

このような状況を少しでも改善するために、今年度は、留学生や高校生などを含むORFの来場者にアイデアを聞いたという。上記の画像で、ピンク色と黄色の付箋に書かれたものが集まった意見だ。簡単に改善できる問題ではないが、「日本人と外国人との差をなくすべきだ」という意見や「より自然な形で日本文化を理解できる方法はないか」という意見がみられたそうだ。

外国人が日本語と日本文化を理解することも必要であるが、日本人が外国人を理解することと日本の社会が変化をすることも大切だ。

研究プロジェクト2: 外国につながる子どもたちの学習支援

井上壮さん(環4)たちは、日本で暮らす外国出身の高校生を支援する活動についての内容を発表した。海外出身の親を持ち、海外で生まれた子どもが親の都合で日本に住まなくてはならない状況が増えているそうだ。しかし、日本の教育機関はこのような子どもたちに合った教育方針であるとは限らないため、このプロジェクトを通して、改善策を日々追求しているという。

子どもたちに必要な支援について説明をする井上さん 子どもたちに必要な支援について説明をする井上さん

このプロジェクトでは、外国につながる高校生のサポートをする取り組みを行っている。近年、日本に移住してくる外国人労働者の増加とともに、言語的文化的に多様な背景を持つ児童・生徒が増えているそうだ。大学生がこのような人々のために始めた取り組みが、実際に高校の授業に参加をして、サポートをするというものだ。

両親が海外出身である上に、日本での在住年数が短いため、生活に必要な情報、さらには就職や進学に必要な情報を集めることが困難なため、支援が必要となってくるそうだ。また、日本のコミュニティに属してコミュニケーションを取る機会が少ない生徒もいるため、このプロジェクトは、日本語でコミュニケーションを取る場の提供という側面も任っている。先生と生徒という立場ではなく、同じ学生同士という、より近い立場での豊かなコミュニケーションを実現したいと志しているそうだ。

具体的な活動内容としては、週に数回フィールドワークとして、高校に訪問し、学習支援員としてサポートをしている。授業で理解できなかった部分の補習や、学校のルールなど子どもたちを取り巻く環境の改善にも携わっている。このような活動が少しでも外国につながる子どもたちの支援になることを願い、井上さんたちは試行錯誤している。

研究プロジェクト3: 「やさしい日本語」の役割と課題 SFC生の声

野中彩子さん(総4)たちは、日本に暮らす外国人が直面する言語面での困難や改善策について調査した内容を発表した。1995年、阪神・淡路大震災で被災した外国人の中には日本語も英語も十分に理解できずに情報弱者となってしまい、避難に遅れた人々が多くいたそうだ。この課題を克服するために考案されたのが「やさしい日本語」だという。

研究プロジェクト3の展示ポスター 研究プロジェクト3の展示ポスター

外国人が日本語を話せたとしても、災害時の緊急事態を伝える情報を、母語話者並みに理解ができるとは限らない。理解のしやすい伝達のために必要なことは、日本語母語話者が話す日本語よりも簡単で伝わりやすい言葉で伝えるということだと考えられる。このような日本語を「やさしい日本語」という。

在住外国人の統計について説明をする野中さん 在住外国人の統計について説明をする野中さん

日本語を多言語に翻訳をするという方法も重要であるが、全ての言語に翻訳することは現実的に難しい。また、外国人には英語で情報を伝えれば良いではないかと考える人がいるだろうが、実際の2016年の統計では、日本在住外国人が理解できる言語は、英語が44.1%、日本語が約60%であったという。そのため、「やさしい日本語」を使う意義があり、浸透させるべきなのではないかと主張していた。

しかし、1つ1つのことばに対応していくことは難しい上に、「やさしい」や「簡単」の基準を決めることも困難であるそうだ。また、「やさしい日本語」では対応できない部分もあり、情報の内容に物足りなさを感じるといった問題も発生する。それでも定住外国人の人数が増えた今、この問題に背を向けることはできないのではないか。

SFC生の声

さらに、この研究プロジェクトでは、約20人のSFCの留学生や帰国子女への聞き込みを行ったそうだ。「言語の壁」や「やさしい日本語」の必要性や効果について調査をしたところ、『日本語は喋れるのにイントネーションの違いだけで子ども扱いされる』や『早口が聞き取れない』『敬語がわからない』といった意見が集まったという。これらの意見を踏まえて、初級・中級・上級といった日本語レベルに応じた「やさしい日本語」がどのようなものなのかを考えてみたいと野中さんはいう。そして子ども向けの日本語ではない、日本語母語話者と対等の立場で使用することのできる「やさしい日本語」を追求していくそうだ。

多言語多文化共生社会に対応していく日本

国境を超える人々の移動はますます頻繁に行われるようになり、日本でも定住外国人の人数が増えた。このような人々が日本で送る日常生活の中で感じる問題は「言語」だけによるものではなく、「社会」や「環境」にも原因があるのではないか。日本社会が多様性を受け入れる社会になるために、「共生」が意味することを考える必要がある。そのために、今後も「日本語と多言語多文化共生社会」研究会では、個人単位の課題から社会全体に影響のある課題まで幅広く研究をしていくそうだ。来年のORFでは、どのような発見が発表されるか期待される。

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