14学則特集、インタビュー第1弾は、言語に関する学則に大きく関わった藁谷郁美総合政策学部教授。どのように学則は決まったのか、どのような狙いがあるのか、聞くとそこには、SFCの理念が大きく映っていた。

 

学則はどのようにできるのか

— まず、今回の14学則がどのように決まっていったかを教えてください。

 学則は教員全体で決めるのが基本です。しかし、いちいち全員を集めると話が進まないので、「新カリキュラムのためのワーキング・グループ」という会議体をつくりました。「ワーキング・グループ」は、各分野で行われる議論のまとめ役から構成されています。まとめ役が各分野の意見を持ち寄り、それらをすり合わせて草案をつくっていきました。  そして、草案を全体の教員会議で検討し、新たな意見を盛り込むことによって、14学則が生まれました。私は、それぞれの自然言語(外国語科目)の教員方と話し合い、それを「ワーキング・グループ」内に持っていくという役目でした(英語科目については長谷部先生がご担当)。  

— 藁谷先生は外国語分野のまとめ役だったということですね。通常の授業や研究会に加えてそのような会議をするとは、大変そうですね。

 正直大変でした(笑)。何度も会議をしましたが、議論に熱が入ることも多く、朝から晩までということもありました。  同じ外国語分野といっても、それぞれの言語で重点領域が違い、それぞれに教員方の思いがあります。フィールドワークを重視する言語、読むスキルを重視する言語―そういうなかで共通の必修単位数、時限を確定することは容易ではありませんでした。  でも、こんなに力を入れて学則を決めている大学は、ほかにないと思うんです。キャンパスが分かれていたり、規模が大きすぎたりするために、みんなで議論することはできないし、伝統が強くて変われないこともある。一方で、SFCは、小さな規模で学生が4年間を過ごすキャンパスで、常に新しいことに挑戦する風土です。だから、総体的な学則をファカルティメンバー(大学教員)全員で話し合うことができます。もちろん、意見が対立したり大変だったりもしますが、それでもこういう合意形成をつくることができるSFCってすごいですよね。

 

言語学則、その理念

— 14学則における必修言語単位の変更にはどのような意図があったのでしょうか。

 自然言語と人工言語(SFCでは特にプログラミング言語を指す)という、研究の基盤になる科目を強化することが、14学則の狙いの一つです。  SFCは、開設当初から自然言語と人工言語が教育の基盤でしたが、ここ数年はその基盤が揺らいでいます。言語分野に留まらず、ファカルティメンバー全体が、そう感じていました。  開設からこれまで、必修科目数は減る傾向にありました。とにかく学生には自由に授業をとってもらい、自分なりの学習プランを立ててもらおうという考え方です。  しかし、どうやら全員がそれをできているわけではないらしい。「これをやりたい」というものが見つかっても、それを研究するための「足腰」ができていないケースがあるんです。「足腰」は1学期間ではどうにもなりません。だから、2年生、3年生になってから、自分の「足腰」の弱さに気がついても、すでに間に合わないことが多い。これは学生にとっても残念なことではないでしょうか。  そこで、その大切な「足腰」にあたる自然言語と人工言語を必修にして、それを修得してから専門分野に進んでもらうようにしよう、ということになったのです。  

— 今回は総環の外国語科目の必修単位数が同じ(8単位)になりました。これも「足腰」を鍛えるという意図からでしょうか?

 そうですね。総環両学部の必修単位数を同じにしたことには、そういう意図もあります。事前の調査で、総環の間で、自然言語の履修数、そして留学への参加率に大きな違い(どちらも総が多い)があるとわかりました。「足腰」にあたる部分は、学部の違いに関わらず重要なので、14学則では必修単位数を同じにすることでその差を埋めました。  ですが、もう1つ、自然言語と人工言語の両立が「SFCらしさ」である、と再確認するという狙いもあります。  私は、近年、「SFCらしさ」という共通意識が希薄になってしまっていると感じています。外部に向けてSFCを説明するとき、提示できるものがないように思うのです。もちろん、価値観が多様化するのはよいことです。しかし、ファカルティメンバー全体、学生全体に共有された意識がないことは問題ではないでしょうか。  先ほども言ったように、自然言語・人工言語重視はSFC開設当初からの理念です。これは、SFCがどういう学生を育てたいのか、どのような人間を社会に送り出したいのかを示す意味もあります。もう一度、学部を越えた価値観を共有すること、さらにそれにつながる基盤をつくることも、今回の14学則で強く意図していることです。  

— 英語を必修単位として履修することが認められるようなったことも変化の1つです。しかし、ロシア語、イタリア語は依然として認められないままです。教員が少ないことが理由だと聞きましたが、この状況は今後改善されるのでしょうか?

 SFCでどの言語がどのような規模で開講されるかは、履修者数や教員数という問題ではなく、SFCとしてどの言語を重視するかによります。  SFCは外国語大学ではないのに多くの言語の授業が開講されています。25年前にそれをやるのはセンセーショナルなことでしたし、難しいことだったと思います。それでもやったのは、どのような人を社会に送り出すのかという、SFCの「言語政策」に関わることだからです。ですから、言語政策が変われば開講される言語の種類や規模は変わる可能性があります。  もうすぐ、SFCが開設されてから25年になります。教育というものはすぐに結果が出るものではありませんが、そろそろ卒業生たちがどのような道をたどったのかを調べるよい時期なのかもしれません。そのような調査を踏まえて、これからのSFCのあり方は検討されるべきでしょう。

 

学ぶ理由を探して

— 次に学則の運用についてお聞きします。14学則では、学生は入学時に言語科目の履修希望を出し、その後、大学側によって各言語を割り振られます。希望の言語が取れなかった人もいるようですが、このシステムは来年度以降もそのままなのでしょうか。

 来年度も基本的にはそのままです。一度調べたのですが、希望の言語が取れなかった学生が大量に出たわけではありません。むしろ問題なのは、言語選択に対して十分な情報を大学側が提供できなかったことです。  2013年度までは、4月のはじめに言語ガイダンスがありましたが、今年度は4学期制の導入や、文部科学省による授業回数の厳格化(1学期15回実施相当)のためにスケジュールが埋まってしまい、3月末に前倒しして言語ガイダンスを行わざるを得ませんでした。新入生は、まだ学生証を持ってすらいないし、そもそも引っ越しが終わってない人も多くいるという状態でした。  また、これは本当に失敗だったと思っているのですが、日程設計上のミスもありました。今年度は、総合政策学部の場合、午前にすべての言語科目が集まる全体ガイダンスがあって、午後に各言語だけの説明会がありました。しかし、流れに反して、履修希望用紙を午前中に集めてしまったんです。これだと、午後の説明会を経て希望が変わっても、もう変更できません。  来年度はちゃんと各言語の説明会の後に履修希望用紙を出してもらうようにします。順番を変えただけですが、それでも大きな意味があるでしょう。  

— なぜ情報を重視するのでしょうか。

 情報がないと、授業を受ける目的が設定しにくくなってしまうからです。開設当初は、総合講座という1学期間に各言語の導入部分にすべて触れていく授業がありました。それを取らないと個別の言語科目が履修できないという学則でした。そこでは、各言語がどのような研究につながって、どんな仕事と関係するのかを教えます。そういった広い目線で見ることで、ちゃんと理由を持って自分の言語を選べるんですよね。いまの新入生も、それぞれの言語を学ぶ根拠を持てるようになればよいと思います。  私は、言語に限らず、勉強するときは自分の目標を達成できるような方法で取り組むように学生に助言しています。何かを突き詰めて研究しようというとき、そのためにどんな力が必要なのか、どの分野を学ぶべきなのか、そういった視点がなければ、いくら量を学んでも自分のなかに留まらないし、知識を得てもただ断片として蓄積されるだけです。  SFC(総環)には100人ちょっとの教員がいて、それぞれが異なる専門分野を持っている。100の多様な専門分野があるなかで、それを自分の目的に沿って選ぶことができるのがSFCの良さです。でも、何の目的もなく学んでいたら、ただバラバラな授業で時間割を埋めるだけになってしまいますよね。

 

SFCの言語学習体験とは

— とてもよくわかります。ただ、すでに自分で目的を持っている学生からすれば、必修単位の増加を邪魔に感じる場合もあるのではないのでしょうか。

 目的がすでにある学生も、それに取り組む前に「足腰」を鍛えた方がよいということが、私の考えです。  必修といっても、本当に「足腰」を鍛えようと思ったら、8単位で足りるはずがありません。以前、インテンシブ3まで必修の時代がありました。それに比べると、いまは言語科目の必修単位数は多くはありません。1年生の間に終わってしまうわけですから。でも、まとまった8単位をきっかけにして、学生一人ひとりにそれぞれの勉強プランを立ててほしい。付け加えると、この8単位は必要最低限であって、言語取得単位に上限は設けていません。  言語を一度真剣に学べば、例え単語や細かい文法を忘れたとしても、「こういう風に勉強したらできた」とか、「会話はこうやって覚えるんだ」とか、成功体験が残るんですよね。よく私は「自転車に乗れたとき」という言い方をします。上手く勉強するやり方というものは身体に残ります。これは、一度やった言語を再開するときはもちろん、ほかの言語を新たに学ぶときでも役に立ちます。  多くの高校生にとって、言語の学習体験は受験英語だけです。それとはまったく別の学習体験を与えるのが、SFCの言語学習の基本だと思っています。

   藁谷教授のインタビューを通して、学則には単なるルールを越えた、思いが、狙いが、理念があることがわかった。もし、私たちが学則について考えるなら、まずはそれらの過程を知ることから始めよう。   関連記事