秋祭1日目の10月10日(土)、書籍や映画でヒットした「学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話」(著: 坪田信貴、発行: 株式会社KADOKAWA アスキー・メディアワークス)のモデルとなった小林さやかさん(10年総卒)が母校SFC(慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス)で受験生向けのトークショーをおこなった。SFC CLIP編集部はトークショー後、小林さんに独占インタビューし、これまで3回にわたり小林さんが慶應義塾大学に入学するまでを取り上げてきた。最終回の第4部は、「ビリギャル」のSFC入学後について。念願の慶應進学を果たした小林さんはどのような大学生活を送ったのか。そしてその後どのような進路を歩んだのかを取り上げる。

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研究会も卒論もなし SFCと距離をおいた「慶應生」

「日吉」「三田」のイメージとのギャップ

ずっと文学部に行くつもりだった小林さんにとって、SFCの第一印象は衝撃的なものだった。「ここまで田舎だとは正直思わなかった」と当時の驚きを語る。もともと思い描いていた日吉・三田キャンパスでの大学生活とあまりに違うため、当初は「私の理想の大学生活はどこに」と不安を感じたが、結果的にはSFCで良かったという。「好きに履修が組めたので、自分にはすごく合っているキャンパスでした」。

SFCの印象を聞くと「変わった人が多い」と小林さん。しかし、「SFCの同級生で変わった人はいたか」と具体的に質問してもすぐに答えは返ってこなかった。当時の小林さんはSFCとほとんど関わりを持っていなかったからである。小林さんは「SFC生」というよりも、大学入学前に思い描いていたいわゆる「慶應生」らしい大学生活を送ろうとしていた。

SFCとの関わりをあまり持たず

そこで日吉・三田に拠点を置くミスコンなどを運営する広告学研究会(広研)に所属。「自分と髪の色が似ている人が多い」という理由で入った広研では海の家の運営などを仲間とともにおこなった。そのためSFCとはあまり関わりを持たず、SFCではほとんどサークル活動をしていない。授業の単位も要領よく取り、研究会(ゼミ)にさえも入らず、卒業論文も書かずに卒業した。当時のSFCの学則では、卒業プロジェクトの単位取得が卒業要件ではなかったからこそ、SFC生でありながらもSFCと距離を置くことが可能だった。

小林さんは住む場所までもSFCから離れていた。坪田氏に「多様な人に出会えば刺激を受けて考え方が変わるだろう」と言われ、小林さんは東京に住むことにこだわっていた。そこで下北沢に住むことに決めた。小田急線の快速急行を利用してもSFCまで約1時間かかる場所だ。

「慶應」というイメージと「SFC」の矛盾

第3部にあるように、「ビリギャル」はSFCという他学部と根本的に違う入試がなければ生まれ得なかった。それにも関わらず、そのSFCとはあまり関わりがなかったというのは皮肉な話だ。「ビリギャル」こと小林さんのケースのように、SFCから離れて日吉・三田キャンパスに通う、いわゆる世間一般がイメージする「慶應生」のように振る舞おうとする学生は今でも少なくない。けれども、小林さんの1つ下にあたる2007年度以降の入学者が対象の「07学則」からは、研究会、卒業プロジェクトの履修が卒業要件となっており、SFC生はSFCと何らかの形で積極的な関わりを持たざるを得なくなっている。

しかしながら、いわゆる「慶應生」のイメージを持ってSFCに入学する学生は今も昔も一定数いる。慶應に入りたくてとりあえずSFCを目指すのだ。実際、今回の「ビリギャル」のエピソードも、インターネット上では「ほかの学部に比べて入るのが簡単なSFCしか合格していないのに、難関の慶應に入ったと誇らしげに言うのはおかしい」という批判が多くされている。SFCはそのようなイメージとどう関わるべきなのか―「ビリギャル」は慶應義塾にとっては一つのサクセス・ストーリーであったとしても、SFCにとっては単なる美談を超えた意味を持つエピソードなのだ。

「ビリギャル」のその後

小林さんは、下北沢での居酒屋バイトをきっかけにサービス業の素晴らしさを知る。その居酒屋スタッフの心地よいサービスに感銘を受けたという。そして、自分にとって大きな存在だった家族に関わる仕事がしたいと、2010年に総合政策学部を卒業したあとはウェディングプランナーとなる。昨年結婚し、現在はフリーのウェディングプランナーとなった。

そして、この「ビリギャル」のエピソードは、小林さんの受験指導をしていた坪田氏がストーリー投稿サイトのSTORYS.JPに投稿して以降注目され、2013年12月に書籍化された。さらに2015年5月、土井裕泰監督、有村架純主演により映画化された。

あなたが今ここにいる軌跡、その意味とは

これまで4回にわたって「ビリギャル」こと小林さんの家族、受験やSFCとの関わりを取り上げてきた。それぞれがSFCや慶應義塾大学に入学するまでのストーリーを持ち、そしてその過程を経て今キャンパスにいる自分がいる。小林さんが今の自分を過去を振り返って語ったように、私たちも自分自身のストーリを見なおし、このキャンパス、大学にいる意味を考え、語ってみてもいいいかもしれない。

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