100年後につながる「次世紀の芽」をテーマに、特徴的な展示が多数行われているORF2015。会場に入ってすぐ近くにひときわ目を引くSFCバイオの展示ブース(A06-07)がある。生命科学分野で革新的な研究に取り組むSFCバイオを取材した。

「SFCバイオ」と称される生命先端科学研究会は、冨田勝環境情報学部教授をはじめ、黒田裕樹同准教授、渡辺光博同教授、内藤泰宏同准教授、板谷光泰同教授、金井昭夫同教授、曽我朋義同教授、佐野ひとみ同専任講師らが合同で運営。大学院や企業とも連携している。

所属する学生の多くは研究のスタートが早く、分野ごとに専門化した研究チームに分かれ、自身の好奇心にもとづいた研究に取り組む。1年生から研究会に所属できるSFCならではの特徴だといえる。

2001年より、授業の一環として、1年間を山形県鶴岡市の鶴岡タウンキャンパスで過ごし、先端生命科学研究所で集中的に実験を行うことができる「バイオキャンプ」も開講している。学部生のうちから最先端の研究に最先端の設備環境で取り組むことができる、それがSFCバイオの魅力だ。

腸内細菌が働くメカニズムを解明

人間の腸内には健康を支える善玉菌や、人体にとって有害な物質を生産する悪玉菌など、数千種類にのぼる細菌が百兆個ほど生息している。これまでの研究で腸内における細菌の活動が、アレルギーなどの免疫系や糖尿病、大腸がんの罹患など、人間の健康と密接に関わっていることは明らかになっていたが、そのメカニズムには未知の領域が多かった。SFCバイオ腸内細菌グループは腸内細菌が産生する代謝物の種類と濃度を調べるメタボローム解析を用いて腸内の活動を分析することで、善玉菌を摂取した際に働く病原性の大腸菌O157からの感染を防御するメカニズムを世界に先駆けて解明することに成功した。

腸内細菌の働きについて説明する増田さん

最先端の生命科学で病気の予防を

生活習慣病の早期発見と予防、健康増進を目的としてSFCバイオ鶴岡みらい健康調査グループではメタボローム解析を利用した新たな健康診断の開発に取り組んでいる。鶴岡市や鶴岡市内の病院と連携し、鶴岡みらい健康調査グループは2012年から3年をかけ35-74歳の市民約1万人の調査協力を得た。通常の健康診断の際に調査用に追加で採取した血液と尿やアンケートを元に研究を行う。調査は25年以上の継続が予定されている。

鶴岡みらい健康調査について説明する岡崎さん

常識を覆した!? 増殖する心筋細胞

「万能細胞」として広く知られるようになったiPS細胞やES細胞から、SFCバイオ再生医療チームは、これまでにない高機能な心臓組織をつくり出す研究をおこなっている。以前から心臓組織の作成を試みる研究は存在していたが、心筋細胞は通常の細胞と異なり、ほとんど増殖しないために扱いが難しく、実際の医療現場で使用するには機能的に不十分なものしか作成することはできなかった。そこで再生医療チームでは、ある特定の線維芽細胞を、ES細胞に由来する心筋細胞に配合することで、本来であれば増殖しない心筋細胞を増殖させることに成功した。この実験により作成された心臓組織は、心不全患者の治療への応用が期待され、今後は人間のiPS細胞から作り出した高機能な心臓組織を使い、一人でも多くの心不全患者を救うことを目指している。

最強の生物クマムシの秘密に迫る

全長は0.1-1.0ミリしかない小さな動物クマムシ。乾燥した環境では体内の水分を減らし、雨が降るまで「乾眠」と呼ばれる休眠状態に入る。乾眠状態のクマムシは極めて強い耐久性能を持つことから地球上で最強の生物とも呼ばれている。南極から高山など様々な場所に生息しており、SFCの敷地内でも4種類のクマムシが確認された。クマムシの研究者は世界を見渡しても少ないため、その生態は謎に包まれている部分が多い。クマムシチームでは乾眠状態と活動状態の、それぞれのクマムシをメタボローム解析によって体内の成分を比較し、その耐久性能のメカニズムの解明に取り組んでいる。展示ブースでは顕微鏡で実際にクマムシの観察を体験することができ、来場者は愛らしいクマムシの姿に目を見張った。

ブースに設置された双眼顕微鏡

顕微鏡を覗くとそこにはクマムシの姿が

研究会出身のバイオベンチャーも

人工クモの糸の開発で知られるSpiber株式会社(山形県鶴岡市・関山和秀代表執行役)もSFCバイオのブースに並ぶ。Spiber社の創業メンバーはSFC卒業生であり、SFCバイオでの研究が出発点となっている。クモの糸は、強度においては鋼鉄、伸縮性においてはナイロンを超える。たんぱく質を原料とするため、石油に頼らない新たな素材として世界中から注目を浴びている。

腸内環境のデザインを推進する株式会社メタジェン(同市・福田真嗣社長)もまたSFCバイオゆかりのバイオベンチャー企業だ。CEOの福田真嗣さんは2012年から先端生命科学研究所特任准教授を務めている。メタジェン社では、人の健康状態に大きな影響を与えることで知られる腸内細菌をターゲットとして,腸内細菌の種類と数を調べるメタゲノム解析と、メタボローム解析の2つの手法を用い、腸内環境の評価とデザインを推進することで、病気ゼロの社会の実現を目指している

バイオ技術を用いたベンチャー企業を立ち上げるのは、お金を稼ぐことを目的としているわけではない。寄付や支援金に頼らなくても研究を続けられるように自立し、技術のさらなる発展と社会全体の利益の追求を第一の目的としている。

学生の数だけ研究テーマがある多様な研究会

革新的な生命科学の研究で知られるSFCバイオ。しかし、一口に生命科学といっても、SFCバイオで進められている研究分野は今回取り上げたほかにも、再生可能エネルギーの開発や生命の起源を探る生命情報科学など多岐にわたる。出展責任者を務める増田貴宏さん(環3)は「SFCバイオでは幅広くバイオサイエンスを扱っており、100名近い学生がそれぞれ異なる研究テーマを持つ」とSFCバイオで行われている研究の多様性をアピールした。

SFCバイオには学生の数だけ異なる研究テーマがある

近年、生命科学は情報科学と並んで日夜めまぐるしい発展を遂げている分野だ。ORF2015はあす21日(土)も開かれる。学生たちが主体となって革新的な研究を進めるSFCバイオの展示ブース(A06-07)にぜひとも足を運んでみてはいかがだろうか。

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