「あの『2ちゃんねる』が閉鎖!」誰もが予想し得なかったこの衝撃的なフレーズは、本家2ちゃんねるにとどまらず、様々な掲示板、メーリングリスト上を飛び交った。夏休み最後の週末のことである。


 佐賀バスジャック事件の犯行声明で一躍メディアに取り上げられ、その後も日本生命から書き込み削除を求める裁判を起こされるなど、話題が絶えなかったこの日本最大の掲示板に、一体何が起こったのだろうか?
 2ちゃんねるを運営しているのは、うまい棒が大好物の西村博之氏。米国留学中の99年5月、当時隆盛を誇っていたあめぞうという掲示板の「2ちゃんねる」として、この掲示板を立ち上げた。
 開設当初から現在にいたるまで、あくまで「個人運営」という姿勢をくずしておらず、運営にかかるサーバ・回線などの費用も、最初は自費で支払い、現在は掲示板を設置しているレンタルサーバ会社のバナー広告を載せることで相殺していた。
 しかし、月間2億5千万ページビューを数え(2001年5月現在、asahi.comは月間1億5千万PV:2000年9月現在)、転送データ量が瞬間最大150Mbpsに達してしまっては、それも通用しない。
 運営サイドの情報によれば、月間700万円、このままのペースでユーザーが増えると、年間約1億2千万円のコストがかかるという。
 このコスト負担に耐えかねたレンタルサーバー会社がついに悲鳴をあげ、なんの対策もとらない「ひろゆき」氏に対して、掲示板の閉鎖による転送量の強制削減という方法に乗り出したのである。
 このまま2ちゃんねるも閉鎖されてしまうのか…と思われたその時。僕らの解放区を守れ、とばかりにUNIX板(UNIX関係の議論をする2ちゃんねる内の掲示板)の住人が立ち上がった。
 「転送量を減らさなきゃいけないなら、圧縮してデータを送ればいいじゃないか。」「現在のプログラムは無駄が多い。」などの意見が飛び出し、ここに日本のネット史上最大規模の匿名コミュニティでのコラボレーションが始まった。
 プログラムが得意な者は、掲示板システム自体のプログラムの改良を行い、WEBデザインが専門の者は、2ちゃんねるの表示部分のHTMLの見直しを始めた。また、それら技術が無いものは、今後の運営体制やビジネスモデルを考えたり、プログラマー達を応援する側に回った。
 この大「プロジェクト」が功を奏し、転送量もある程度削減され、来週にも閉鎖!という危機はとりあえず去った。が、しかし、このままのペースでユーザーが増えつづければ、またすぐに同じ問題が起こるのは明白である。
 一方、責任者である「ひろゆき」氏は、ビッダーズで2ちゃんねるを競売にかけると共に(900京円の値が付いたが、主催者側が「真に落札の意思が無い」としてオークションは終了)、9月1日付けのメールマガジンで、事実上の「白旗」宣言とも受け取れる以下の発言を行った。「今後、2chがどうなっていくかはわかりませんが、世間を騒がせても笑ったものが勝ちという、生真面目な人をうけつけないアホな掲示板があったことは覚えててもらえるとうれしいです。」
 今後の2ちゃんねるがどうなっていくかは、未だ闇の中だ。9月19日に法人化に向けた発表を行うという情報もあれば、アスキーの西和彦特別顧問が新たに「24ちゃんねる(にしちゃんねる)」を立ち上げるという情報もある。
 いずれにしろ、厨房、逝ってよし、など様々な用語を生み出し、ネットの世界を飛び出して現実世界にまでその影響を持ち込んだ「世界最大の個人掲示板」がこのまま成長していくことはなさそうだ。
 しかし、2ちゃんねるが日本のネットの歴史に大きな1ページを刻んだことは誰もが認めるところであり、2ちゃんねるの存在によって、これからのネット社会で解決していくべき様々な問題が顕在化したことは、功績として認めなければなるまい。
 果たして、2ちゃんねるはこのまま「マターリ」といけるだろうか?
<参考サイト>