村井純研究室は、社会情報基盤としてのインターネット構築を目指し、研究活動を行なっている。今回は、中でも、次世代インターネットの基盤技術に焦点をあてた研究グループ「SING (SFC Internet in the Next Generation)」のメンバー、小原泰弘さん(政・メ、博1)、橋本和樹さん(環3)、水谷正慶さん(環1)にお話を伺った。研究テーマの中心であるIPv6、村井研ならではの研究スタイル、SFC内でのコラボレーション、産学交流などについて、SINGでの研究活動を中心に、村井研究室全般に関わることを語っていただいた。


小原泰弘・橋本和樹・水谷正慶左から、SINGの橋本さん、小原さん、水谷さん

簡単にSINGのプロジェクトの概要をお聞かせください。

 SINGは、村井研の中にあるたくさんの研究グループのひとつです。研究テーマで研究グループが分かれているんですけど、うちはIPv6、ルーティング、DNS(Domain Name System)など、インターネット全体のインフラストラクチャーの部分をがんばってよくしていこうというグループです。他のグループには、インターネットのうえで行われる通信のなかでも映像系はどうするのかだとか、WEBを使っての教育をする場合にはどうしていくのかというグループがあるんですけど、そのなかでうちは、インターネット全体のコアな部分、機能の部分を扱っています。

このプロジェクトのゆくゆくのあるべき姿は?

小原泰弘小原泰弘さん(政・メ、博1)
 初めは、IPv6のグループだったんですよ。社会にもIPv6の認識があまりなくて、僕らがIPv6を使ってみて、問題点があればそれを解決し、最終的にはみんなに広めるということが、もともとの僕らのグループの目的だったんです。最近は、ある程度広まっていますし、僕らが頑張らなくても広まっていくだろうということで、もうちょっと枠を広げました。IPv6になればよいというのではなく、IPv6のなかでどうやって通信自身を簡単に行えるようにしたりだとか、基盤について考えるようになりました。
 あまり短期的な目的というのはなくて、みんながそれぞれ興味をもったインターネットについての論文を書くというスタイルです。

アプリケーションを作ったりするということはないんですか?

もちろんシステムを使うためのアプリケーションは作ります。村井研はIPv6のネットワークを持っているWIDEプロジェクトと緊密な関係にあり、その IPv6のネットワークの運用を僕らがやったりします。あと、OSPF(Open Shortest Path First)というIPv4でよく使われているルーティングプロトコルがあるんですけど、僕らのグループでそれをIPv6用に直したプログラムを作り、それがWIDEのIPv6のネットワークの上では全部そのプログラムが動いています。ネットワークが変わると自動的にそのOSPFというシステムが、自動的に検地して、変更を自動的に教えてくれ、また通信が再開できると。そういう動的なプログラムを作って、本当に自分たちで使ったりしています。

IPv6になるとすべてのものがインターネットにつながるそうですが、今のIPv4からIPv6になることでどう変わるのでしょうか?

まず、やはりIPが便利だということはみんな分かったと思うんですよ。IPアドレスが足りないために、いろんなものに、例えば、車がインターネットにつながることはIPv4ではできないんですよ。IPv6になると、単にアドレス空間を大きくしただけということが本質で、なんにでもインターネットにつなぐことができるというようになったんです。インターネットにつながっている濃度が大きければ大きいほど、できることは格段に違うわけですよ。全てのモードがつなげるからいろいろ可能性があるというのもひとつだし、自動設定だとかセキュリティのことも入ってくるんですね。アドレスの設定とかがいらなくなると、通信を即座に始めることができて、さらに便利になるかもしれない。

SINGでやられているそういった技術開発と同時に、実用モデルを考えたりしますか?

橋本和樹橋本和樹さん(環3)
 そうですね。それも、もちろん研究のなかに入っていますが、うちのグループではIPv6だけでなく、例えば、CDN(Contents Delivery Network)を研究開発しています。
 基本的に巨大なHTMLページを全世界的に見るときにはWEBサーバーは普通はひとつで、世界中の人たちがこれに一度にアクセスすると、こいつが死んでしまう。死ななかったとしても、ネットワークの距離として遠いので、ダウンロードの時間がかかったり、表示に時間がかかってしまうというような、嫌なことがたくさんありますよね。だから、このHTMLのページを世界中のいろんなところに散らばしておいて、自分はロケーションディペンデント、つまり自分がどこにいるかによって、WEBサーバーを切り替えて使って、自分の近いところからコンテンツを取得するという技術がCDNなのです。
 そのCDNの研究開発が一番自分たちが使うときにどういうように使うかと考えながらやってる一番いい例ですかね。自分たちでそういうようなものを使いながら、ベンダーにある程度こういうことができるようなマシンを作ってもらい、今度僕らが借りて評価して発表する流れです。

どのような形でプロジェクトは進行しているのか?構成メンバーはやはり、ドクターの方がいて、修士なり、学生がついているという形ですか?

んー、あんまりそうでもないんじゃないかな。まず、あるテーマがあり、その研究テーマに興味を持つ、ドクターなり、修士なりが何人か集まって、そこでまずグループができて、そのグループに興味を持つ学生がどんどん集まるといった形です。

メンバーは何人ですか?

うちのグループに関して言うと、講師が1人、ドクターが2人、修士が3人、学生が全部で10人ぐらいです。

開発をベースにプロジェクトは進んでいるというかんじですか?開発して、実際使ってみて論文を書くという流れですか?

そうですね。それは研究テーマによるんですけど。まあ、基本的にはそうなんじゃないんですかね。新しいアイディアがあって、それを実現するシステムを作って、自分で使ってみるというのが基本的な流れです。

知識共有のために、勉強会を開くというのはあるんですか?

それはやりたい人がやりたいときに勝手にやることで、もちろん輪講みたいなことはたくさんやってるます。そのへんはあんまり管理とかはしてないですね。

村井研では、オンラインベース、例えばグループウェアとかを使って情報共有をしながらやるってことはないんですか?

あんまりないですね。どうしてそういうイメージを持たれてるかというと、それはSOIがあるからですよね。あれは教育に特化してやってるので、議論と教育は違うじゃないですか、そういう場面で使おうとすると、めんどくさくなったりしそうので、あんまりそういうようなものは僕らは使ってないですね。普通にメーリングリストとWEBぐらいで。うちのグループでは、みんな学生だからあまりないんですけど、けっこう村井研の特徴としては、村井先生がいろんなところにいるようなことがあったり、WIDEプロジェクトが日本全体に広がっているといったことがあって、今はDVTSやポリコムというテレビ会議システムを使って奈良と喋ったりします。あれはかなりびっくりしますよ(笑)。初めて喋ってみると、あれテレビのなかに友達が喋ってるぞというかんじで。

普段の授業とは違う時間でかなり作業をしているんですか?

そうですね。研究室に来ない人は、研究会に所属してないんじゃないかと思っちゃうぐらいです。

履修している人はほとんど来ますよね?

まあ、半々くらいなんじゃないんですかね。僕ら履修をあまりチェックしてないので、来てなくて履修している人がいても分かんないですね。

自分たちで作った技術だとかそういうものを研究活動に生かしたものはありますか?自分たちで作って実装して、それを使ってメンバー内の情報共有に役立てたりとか。

自分らの生活のためにプログラムを作って、それで使ってみたことがあるかということですよね?さっき言ったようなこと(CDN)がありますが、うちのグループはかなりインフラストラクチャー寄りなので、通信全体に影響することなんですよ。だから、そのネットワークの上で生活しているだとか、もちろん村井研のネットワークというのは全部IPv6が使われていますし、そのときには、SINGで作ったプログラムを使って経路整理しているわけで、そういう意味では常に使っているというかんじです。だけど、研究のためのプログラムというのは、あまり作らないですね。

普通のSFC生から見ると村井研の人はめちゃくちゃやる気があるように思えるんですけど?

水谷正慶水谷正慶さん(環1)
 あんまりばりばりやってない人もいるんじゃないですかねぇ。だけど、ばりばりやっている人が目立つだろうし、それを見て人が村井研というから、そういうようなかんじがするだけで。村井研は人数が多くて、それに院に残る人もけっこう多い。残ろうと思う人はある程度やりたいことがある人であるわけで、ある程度ばりばりやるわけです。だからそういうようなイメージがあるんではないかと。

どのような人材が必要ですか?

これは、村井さんの名言がありましてですね、「どんなやつでも化けないやつはいないんだ」と。だから、もちろんできてないやつには、しからないといけないし、そういうのはあるんですけど、どんなやつでもいつかすごいやつになるんだ、ある面ですごくなるから、絶対つぶすなと。そういう意味では、その話を逆に言うと、どんな人でもなんかの役に立つし、僕らはかなり人材的には不足しているんで、いろんな人に入ってもらいたいなと思ってます。そういう意味では、どんな人材かというのは限定してないですね。村井研自体としても。

入ったときに全くプログラミングの知識がない人もいるんですか?

けっこういますね。

それでもできるようになる?

それはまあ。がんばってやらせてるみたいな(笑)。村井研に入ってからやるという人が半々ぐらいですかね。数は分からないですけど。村井研に入ってからコンピュータをやり始めたという人は全然珍しくない。

1年生から入ってくる人とかはいるんですか?

たまにいますね。1学年に1人か2人ぐらい。毎年いるってかんじです。

人材を生かすための教育制度のようなもの、つまり知識や技術の伝達のノウハウのようなものはありますか?外からみて、村井研はそのへんがうまくいっているような気がするのですが?

うちに関しては、かなりアナログな話なんですけど、体育会系で、先輩、後輩がちゃんとあり、縦型社会でっていうところが大きいと思います。前もって先輩の言うことをよく聞け、という話はしてあって、先輩が後輩の面倒を良く見る。もちろん先輩に対しても面倒見てなかったら、他の人と「なんで見てないんだよ」とか指摘しあったりします。自分の後輩の面倒を見てないと自分が怒られるから頑張ろう、みたいなこともあるし。チームのためにがんばろうというところもありますし。

それってSFCではけっこうまれなパターンですよね。

SFCはどこも体育会系じゃないんでしょうね。
 村井研は体育会系。ちょー体育会系です。先生方が理工学系出身だから、理工学系の研究室っぽいかんじになっちゃてるんじゃないんでしょうか。遊ぶときには、研究室でコンピュータで遊ぶだとか。

その自分の弟子みたいなのはどういう流れで決まるんでしょうか?

グループに入ってきた下の学生に、いつも面倒を見てあげる代わりに自分の雑用もちょっと手伝ってもらうだとかいったことがあるから弟子に見えるんではないでしょうか。グループが違っても、弟子に見える人もいますし、研究室にずっといるといろんな先輩にいろんなものを教わって、ものを教わったらなんとなく弟子っぽくなる、そういうかんじじゃないですか。

入った人はすぐ馴染みますか?

それは人によりけりじゃないかと思うんですけど。でも、馴染むのに苦労している人を見ることは、めったにないですね。

体育会系だと女性は・・・

人数少ないですね(笑)。だから女性に対してはみんな優しいです。

他の研究室、あるいは企業とのコラボレーションはありますか?まず、企業、外部団体からお願いします。

そういう話はかなりあります。WIDEプロジェクトは企業も集まってできていて、そのWIDEプロジェクトと村井研は密接な関係にあります。例えば、先ほど話に出たCDNでいっても、CRNF(Content Routing Network Forum)というところで、うちの研究室の先生が事務局長をやってまして、そこでいろいろ実験しようというときには、実は実働部隊は僕らなんです。その CRNFのミーティングでは、IIJだとかいろんなプロバイダーの人たちがいます。ミーティングでは、プロバイダーの立場ではどうだとか、コンテンツを作った人の立場ではどうだとか、ISPではどうだとかといったことを全部話し合います。そして、僕らがシステムを決めて、作り、運用したりします。
 あと、さっき話したCDNのあるマシンをキャッシュマシンて俗に言うんですが、そのマシンを企業からうまく使えるかどうかのテストを頼まれたりします。僕らは、それをどういうような想定のもとで使うのかというようなことまで考えて、テストして、こういうような問題があっただとか、ここはこうなってるけどこうのほうが使いやすいんじゃないかというようなレポートを作って企業に返します。

具体的にどういう企業ですか?

そういうことは全部研究テーマに関わっていて、例えばCDNを研究テーマにもっているところは、ISP自身であったりだとか、さっき言った地域サーバーみたいなHTMLキャッシュサーバーをハードウェアとして作っているようなベンダーだったりします。
 WIDEプロジェクトに入ってるという意味では、東芝、日立、富士通、そのへんの企業の人たちとは、よく喋りますし、東芝のインターネット系の人たちとかがWIDEに入っていて、そのWIDEのネットワークを一緒に運用しながら友達になれる」。
村井研SINGネットワークとつながったエアロバイク

SFC内での他のプロジェクトなり、研究とのプロジェクトとのコラボレーションは?

けっこういろんな人がいろんなことをやってるみたいで、例えば稲蔭さん、仰木さんが挙げられますね。仰木さんとは、エアロバイクのシステムを共同開発しています。エアロバイクっていろんなデータが取れるじゃないですか。例えばどれだけの負荷で1分間にどれだけ回せただとか。それをインターネットを使って通信してやるとスポーツドクターが近くにいなくても、自分でいろいろできたり、監督と選手が離れていても、メニューなどを監視でき、遠隔から操作することができます。また、それの応用というかエアロバイクをインターネットにつなぐとそういうサービスがあるかもしれないという話なんですが、それぞれの人にエアロバイクを配って、医者のところにデータが勝手に届くようにし、すべてのエアロバイクが置いてあるところの人がどういうような体調をしているかのような表を作ったりするプロジェクトもあります。

今後のビジョンは?

あんまないんですよね。これはたぶん村井研全体だと思うのですが、単にインターネットをよくしていこうというのが目的であるので、具体的なことは、研究グループなり個人なり、研究テーマによって違うのではないでしょうか。インターネットの理想は、常に止まらず変わっていくわけで、完璧になることはないので、全体としての具体的なビジョンはないですね。

では、個人的な目標は?

僕は、ルーティング系のことをやってるんですけど、ルーティングが壊れるとインターネットも壊れちゃうんですよ。ルーティングが壊れないようにしようということがひとつあって、それについて今がんばって研究をしてて、それが一段落させるのが今のところの僕の目標です。で、けっこう外国の人たちが集まる、 IETF(Internet Engineering Task Force)というインターネット全体の仕様を決めているところがあるんですけど、そこの中での議論だとかを盛り込んでいってまとめることが目的でしょうか。ある程度みんなの知らない知識があるというようなことが分かったんで、それをまとめて論文にしたいと思っています。

就職先、おもな進路は?

コンピュータ系がやはり多いです「。就職してからも研究室の活動と変わらないと感じている人が何人か居ました。

学部から院に進む人の割合は?

80%とか超えているんじゃないかな?とりあえず、修士ぐらい出といてもいいんじゃないかと。コンピュータ系だと特にそうですね。コンピュータの業界全般で、修士ぐらい出とくのは珍しくないと思うんですね。

WIDEなどのつながりで企業に引き抜かれるというケースは?

あまり無いですね。引き抜かれるというよりは、村井件でしっかり活動していれば、自然と自分の人脈が増えて良く、そのため就職する時にも便利だ、くらいです。

SFC生にひとことお願いします。

初めからビジョンはちゃんと持っていたほうがいいでしょうね。初めに設定したビジョンがどれだけ高いかで、自分がどこまで登っていけるかも変わるでしょうし。未来のことはちゃんと考えておいたほうがいいかもねと。あと、夢はでっかくでしょうか。