8月30日(火)にバー営業を迎えた、田中浩也研究室主催による「モバイルカウンターバープロジェクト」。一日間のみの営業だが、実際は2005年5月に発足し、設計・施工を経て、正味2ヶ月半のプロジェクトとなった。SFC CLIPでは「バー」というスタイルによって生まれたコミュニケーション、「函館」という街の要因、この実験的なプロジェクトの意義などをインタビューに収めた。


 田中研究室のメンバーの中から、学生リーダー役の海藤智史さん(政・メ)、函館市出身の佐藤李子さん(総3)に加え、実際に現地に同行した編集員がお話を伺った(海藤さん=海、佐藤さん=佐、SFC CLIP編集員=編)。
【プロジェクトのいきさつ】
編:今回のプロジェクトは 、いつ発足したのですか?
海:僕が田中先生に話を持ちかけられたのが(2005年)5月のゴールデンウィーク。で、先生と、函館市の方と、函館でバーを営業している方が、「なにかをやろう」と発起して、それを「バーという形でやりましょう」と言われたのが、ゴールデンウィークです。そのあとちょっとづつ、場所を探すところから初めて、現地に探しにいったのが6月の始めで、そのあと本格的にプロジェクトが動き始めた。期間は正味二ヶ月半弱くらい。
編:営業は30日(火)の一日だけですが、プロジェクト期間中の節目として、函館入りの前後で分かれていますね。前後のメンバーの様子はどうでしたか?
海:函館入りの前には、キットを完成させて発送しなきゃいけないっていうプレッシャーがあった。それはある程度みんなも共有していて、発送の日が近づくに連れて、緊張していくのがすごく伝わってきた。函館に入ってからも、一日で完成させられるのかっていうことと、あと、営業を無事にできるのかっていうことで、みんなけっこう緊張していた。
 ただ、SFCでの施工もみんなが参加していたので、ほぼ図面無く、指示も無くみんな自然と動いて、ある程度の完成図を頭の中に描いてやっているのがおもしろかった。
編:佐藤さんはどのような役回りでしたか?
佐:こっちにいて作業している間は、記録係として動いていました。実家が函館なので、一時的に現地に入って、チケットやフライヤーを手配してくれる人と打ち合わせをしたり。
 学校での作業は人手の足りないところに行って手伝っていたけど、海藤さんの言う通り、実際向こうに行って発送されてきたものをほどいて組み立てる時には、ちょくちょくいろんなところを見てたから、何となくはわかっていたので、先を見ながら組み立てられました。
【バーというコミュニケーションのかたち】
編:改めておうかがいしますが、なぜバーにしたんでしょうか。
海:バーの中でのコミュニケーションの形が面白いんじゃないか、という話で、たとえばバーにおいてはお客さんの目線よりちょっと高い位置にバーテンさんの視線があったりして、高さ方向にある程度レギュレートされた空間になっている。そういう立体的な人の佇まいというか「居方」というものに視線の交錯があって、そこに注目して、たとえばそれを屋外でやってみたら、バーのコミュニケーションの特殊性っていうのがどういうふうに生きるのかっていうのが見てみたかった。
編:実際のコミュニケーションを見て、どう分析しますか?
海:実際は、ビールケースでユニット化したことによって、一段二段三段とそれを積み重ねて、それに座ったり立ったり、そういうものの連続が、従来の人間の行動分析とかいうものの平面的な考察よりも、だいぶ立体的な考察ができると思っていて、これからの分析の余地アリという感じです。
編:当日の営業は振り返って、どうですか?
佐:人が多すぎた…。メディアも多かった。新聞、ラジオなどあわせて10社くらいいたんじゃないでしょうか。最初の一時間くらいは混んでいましたね。おさまってからは本当の姿っていうか、本当のバーみたいで。混んでるときはなんかもうひどかったですね。
海:でも逆にその無秩序な状態が、観察してみるとけっこうおもしろくて、人それぞれなるべく視線がからまないように座ったりするんですよ。屋内のバーだとなかなか逃げ場がなかったり、人が増え過ぎたりすると対応しきれなかったりするんですけど、屋外のバーの場合、たとえば景色を眺めることで視線をずらすことができたりします。
 立体的なユニットで座りにくかったかもしれないけど、一段の椅子に座っている人、二段の椅子に座っている人が向かいあって座っていたり、視線がうまくズレているところがあったり。空いたら空いたで、勝手に椅子を持ち寄って集まったり、カウンター形式になっていったり。密度に応じて人が動いたりものが動いたりして、基本的にカウンターなり、高い机だけは固定になっていて、ほかのものは可変式になっているので、密度によって人もモノも移動したりしていて、それがけっこう面白かった。
 僕らが意図していなかった使い方をしている人もしました。たとえば座面にクッションがついているのに、わざわざビールケースを縦にして座っていたり、座ると思って作ったものを机としてグラスを置いたり。純粋に高さだけで色分けしようと思ったんですけど、純粋な高さだけじゃ色分けできないようなことも観察できた。
編:バーカウンターの部分は当初立ち飲みを想定してたように思いますが、あまり見受けられませんでしたね。
海:お酒をだくさん捌かなきゃいけなくて、店員さんが作業しているのがわかっていたから、立ち飲みしづらい環境でした。面白かったのは、L地になっていうカウンターの、L時のへり(コーナー)の部分ってけっこう距離があるんだけど、そこにけっこう人が立ち飲みしている傾向がありました。そこがおもしろかった。
【函館桟橋という土地の背景】
佐:あと、函館にはバル街っていうイベントがあって、函館市が「バー」というのをソフトというか、エンジンとして、2004年くらいから町づくりをやっています。函館中のバーをひとつのマップにして、そこで全部の共通チケットを出して、いくつかのバーを巡っていくと、特典がもらえたり。今月末にも第4回が予定されていますが、そうやって町中にバーがあるというのを利用して、うまくネットワークに利用しています。そういう地盤を、今回生かしました。
海:スペインのバルっていうのは、ハシゴしたり、いろんなところに話しにいったりすることをもともと目的としていて、そういう雰囲気に加えて、函館じたいには漁師の街っていうのがたぶんあると思うんですよ。で、そのバーっていうその水平的な視線の運動なり、人間のコミュニケーションっていうのと、バルっていう平面的な人の動きっていうのが、あわさっているような気がしました。
編:函館の人々にとって桟橋はどのような場所ですか?
佐:存在を知ってはいるし、そこから夜景を見るときれいってのも知っている。でもなんだろう、やっぱり「観光地」っていうふうに分けているかもしれない。観光客が行くっていうふうに何か線引きがあるかもしれない。
 だから最初は、桟橋を使うっていうのが意外で。場所として認知はしてたけれど、ここがバーの候補にあがるというのは意外。函館の人にとって函館以外の人たちの目線はすごく新鮮だし、全然違うと感じて、新しい目線というかアンテナが増えたんじゃないかとおもいますね。
 さっきも言ったように住んでいる人の中には線引きがあって、研究会の皆で滞在しているときにもなんかたぶん、忙しかったのもあるけど、観光地を見る合間に住宅地ってあんまり見てないと思うんですよ。現地で、一緒に買い出しに出かけた人が、住宅地を見ながら「あ、函館で初めて普通な家を見た」って言っていて。観光地の方はまだ古い家がちゃんと残されているけど、住宅地はいたって普通。観光地と住宅地っててんでばらばらで、それぞれで完結しちゃってるから、その境界を超えていくことってあんまりなくて、知ってるけど行かない。
海:「知ってるけど行かない」っていう人ばかりのように思えて、でも観光地を利用する人は、確実にいるはずじゃないですか。だけど、さらにそれを利用するって考えも浮かばないような場所が、今回の桟橋。観光地としても住宅地としても、中途半端な場所なんじゃないかなって思ってて。それに、観光地として認識されていたところを、地元の人が再発見できるようなイベントになったと思う。
佐:歴史的にも意味のある場所で、あそこは明治後期まで青函航路の船着場として利用されていて、大昔の、開拓期のころに、本州から船であの桟橋に上陸して、第一歩を記念したモニュメントがすぐ側にあります。その後はフェリーが行き来したり、蟹工船のDVDなんかにも出ているらしいですよ。
海:そしてあそこは、地形的に特殊で珍しい。後ろ手に山があって、山から道を下っていったら海に桟橋がボコっと突き出ているような場所。絵になるなって思いました。たしかに、それが絵になって。どんなにモノを作り込むよりも、上から写真一枚撮っただけで絵になる、それがあの桟橋のすべてじゃないかとも思えました。
【プロジェクトの意義】
編:このプロジェクトの成果はどのようなところにありますか?
海:どこを評価軸とするかによって話が変わると思うんですよ。バーを屋外でやるということ自体、かなり矛盾した考え方かもしれないし。一般的にバーというのはある意味密閉された空間で、親密な、リラックスした関係を作る隠れ家的な存在。その定義からすると、屋外でやったら台無しじゃないですか。そのときに、普通のバーの状態を、あそこにそのまま作ろうという意識はあまりなくて、いつもと違う一風変わったバーになればいいなと思っていました。
 それはだから、どこが一風変わっているかというといろいろあるけど、ビールケースのユニットによって「大量の人間を一度にさばくことができた」と誇りを持つことも可能で、ああいうバーでなかったら一度に50人も何十人もいれなかったろうというのもあるし、屋外でなかったらできなかったでしょうというのもあるし、あれだけ不特定多数の人間が同時にいるのもありえなかったでしょう、っていう話ももちろんあって。それはなんか、どこを基軸に論じればいいんだろうね。バーとして成功したかどうかでいうとなかなか語りにくい。
 あとは、オーソドックスな意見として、函館に限ったことじゃないんですけど、公共の場所のゲリラ的な使い方、公共の場所を仮設したもので面白くする活動が、実際に行動で示せた。その意味では今後も、まったく使われていない、もったいない場所としての公共の場所を上手くいかすデザイン活動というのが、このあと出てくるといいなと思うし、既にたくさん出てきていると思うので、そういうもののひとつとして考えられると思います。
 もうひとつ視点として面白いと思ったのが、研究室という括りとして面白いと思ったんですよ。バーとしてではなくて、研究室の合宿としてと考えると、研究室の合宿って言うのは普通、春学期もしくは学期中にやったものを報告したり、卒論のテーマを発表したり、そういう場所であったりするんですけど、実際に合宿先に行って、いないはずの人が居る。現地に行って、まちづくりに貢献するような制作をし、営業をし、そのあとみんなを巻き込んでワークショップ・反省会をしてしまうような研究会の合宿、行ったところの人を巻き込んでやる合宿っていうのがすごいなと思っていて、それはゼミの合宿のかたちとして新しいと思いました。