SFC出身の教員が、卒業生・教育者という2つの立場から当時のSFC生活やこれからのSFCのあり方について語る「教壇の先輩」。第1回は、2期生の廣瀬陽子総合政策学部准教授。前編では、卒業生としてSFC生時代を振り返った。後編では、廣瀬准教授が教員として現在のSFCについて思うことを話す。

学生と教員の“キョリ”が遠のいているのでは―SFCに戻ってきて感じること

— 教員としてSFCに戻ってきて感じる変化はズバリ何でしょうか?

「学生と教員の距離が近い」というSFC本来の強みが損なわれてしまっている気がします。これは教員側や大学側の責任も大きいと思いますが、最近は教員が忙し過ぎるのではないでしょうか。
 私が1-2年生だったころは、大学院もなく(政・メ、1994年設置)、学生数が少なかったため、先生方も比較的お時間に余裕があったと思います。そのため、よく先生のところを訪れて、研究とは全然関係のないくだらない話でわいわいして楽しかったことを覚えています。そのころと比べると、現在は、学生と教員の心理的な距離が広がってしまったなぁ、と少し残念に思います。
 

— 確かに先生は授業や研究以外でも忙しそうですね。学生の変化についてはどうですか?

SFC生は、みんなノートパソコンを開いて授業を受けていますよね。SFCがノートパソコンの使用を推奨している以上、当然だとは思うのですが、教員ではなくパソコンのみを見つめている学生さんをみると、教員としては興ざめしてしまいます。もちろんパソコンを使って真面目にメモをとったり、授業に関連することをその場で調べている学生さんもいらっしゃるでしょうが、少なくない数の学生さんが「メールを書いているんじゃないかな、ウェブブラウザを開いていろんなサイトを見ているんじゃないかな…」なんていうことを想像しながら授業をしていると、なんだか虚しくなってしまうことがあります。
 たまに、ほかの大学で講義をすることもあります。そこではノートパソコンを広げている学生が皆無ないしほとんどいなくて、ひたすらノートをとってくれているので、話していて気持ちが良いです(笑)。とはいっても、これはSFCの風土であり、大学が推進していることなので仕方がないとは思います。ただ、これも学生と教員の距離が遠のく一因になっているのではないかと懸念しています。

AOそのものには肯定的 商業化には嫌悪感―SFCのAO入試

— SFC創設当時から続いているAO入試についてはどうでしょうか?

 前編で話した通り、私もAO入試で入学しました。そういうバイアスもありますが、特定の学問で優れた成績を残したり、自分の特技を活かした課外活動で秀でた成果を出したりしている人もたくさんいるので、AO入試を概ね肯定的に見ています。
 ただ、AO入試で入って来たのに、受験時に自分がアピールしたことをSFCで一切やらないまま堕落してしまう学生も少なくないということも知っています。それは面接官の教員の見極めにかかっているので、教員側や大学側の問題でもあると思います。
 他方で、小論文やAO入試対策を売りにして、「こうすれば入れる」みたいに宣伝している塾・予備校がすごく嫌ですね。例えば、「小論文はこういう書き方が王道だ」ということを教え込まれた受験生も多いですよね。でも、そういう個性のない型にはまったような受験生を見ると、教員としてはうんざりしてしまいます。
 私が受験したころ(1990年)は、まだAO入試の情報がまったく出回っていなくて、何もかも手探りでやっていたわけです。でも、お手本がない手探り状態だったからこそ、入試を通して学生と教員がお互いに本音をぶつけ合うことができたのだと思います。何でも型にはめてしまう、大学受験の商業化が、SFCにとって良い学生との出会いを奪ってしまっているのではないかと思うと、非常に残念です。
 

SFCにはAO入試が絶対必要―独自の環境を生み出すAO入試

 ただし、先ほども述べたように、AO入試そのものについては、私は肯定的です。最近ネットなどで、一般論として「AO入試で入学する学生は学力が低いから、AO入試はやめるべきだ」という論調をよく見かけます。最近では、STAP細胞論文の不正疑惑(小保方晴子氏はAO入試で早稲田大学理工学部に入学)を引き合いに出して、「AO入試で入学した学生はちゃんと勉強した経験がないから、論文の不正など安易なことをする」という記事を見かけました。
 しかし、SFCの統計では、単純比較した場合、AO入試で入学した学生の方が、一般入試で入学した学生よりも成績が良いということが立証されています。確かに、堕落してしまう学生も一部いますが、基本的には良い傾向が見られます。SFC独自の学習環境・研究環境を維持するためにも、AO入試は絶対に必要な制度だと考えています。

— つまり、AO入試の是非に問わず、「個性」を大事にしてほしいということですね。

そういうことです。一般入試においても、SFCが他学部と比べて小論文を重視していることからもわかります。画一的な筆記試験では個性など出てきません。しかし、あれだけ長い小論文(2014年度入試では総1,700字、環1,325字、いずれも120分)を書かせると、学生の個性がかなり出てくるんです。福澤諭吉先生の言葉を使わせていただくと、自らの個性があってこそ「独立自尊」で勉強・研究ができるのです。

「大学をとことん使ってください」 後輩たちへのメッセージ

— 最後に、SFCの教員、そして先輩としてメッセージをお願いします。

これだけ自由なことができる大学は、ほかにはありません。せっかくこんなに恵まれた環境にいるのだから、学生の皆さんには、あらゆる大学資源を用いて自分の好きなオリジナリティ溢れる研究をしてほしいですね。
 最初に述べた通り、最近は教員も忙しくて、なかには休講が続いたり、オフィスアワーもあってないようなものだったりする教員もいます。でも、大学の制度としてオフィスアワーは確立されたものです。だから、「この人に習いたい」と思う教員がいたら、忙しさなんて無視して構いません(笑)。私がかつてそうだったように、積極的にアプローチして、得られる知識はすべて吸収してから卒業してほしい。
 教員のほかにも、慶應義塾はメディアセンターに年間8億円のお金をかけています。その大半は皆さんが納める学費(施設設備費、学部生1人あたり年額27万円)から賄われています。高い学費を払っているのですから、その元をどんどん取っていく勢いで、大学をとことん使ってください。

— ありがとうございました。

【廣瀬陽子(ひろせ ようこ) 総合政策学部准教授】
1995年 慶應義塾大学総合政策学部を卒業後、1997年 東京大学大学院法学政治学研究科より修士号、2006年 慶應義塾大学より博士号(政策・メディア)を取得。アゼルバイジャン留学、日本学術振興会特別研究員、東京外国語大学非常勤講師などを経て、現在慶應義塾大学総合政策学部准教授。専門は国際政治、紛争・平和研究、旧ソ連地域研究(特にコーカサス)。