外国語教育や外国語との関わり方について考える「Languages」。引き続き、マレー・インドネシア語研究室の小笠原健二総合政策学部非常勤講師のインタビューをお届けする。多様な言語、宗教、文化。古いものをそのまま引き継いだ社会。緊迫化する中東のイスラーム情勢。インドネシア語特集の最終回である第4部では、さまざまな要素が複雑に絡まりあってもなお、したたかに、たくましく動く、インドネシア社会の「いま」に迫る。

王国から受け継いだ福祉システム

インドネシアの歴史では、人口稠密なジャワ社会でさえ19世紀にいたるまで未耕地が常にあったことが分かります。そして年間を通じて温暖肥沃な風土にも恵まれてきました。温暖な風土のもと、豊かな土地が余っていたんです。こうした社会では庶民を土地に縛りつけて支配することは難しかった。王様の支配が厳しいと、庶民は他の指導者の下に逃げ出すことができたからなんです。

ここで考えてみてください。インドネシアの各地には王国がありましたよね。王国があるということは、逃げ出すことのない庶民がちゃんといて、王様と庶民がお互いにどこか持ちつ持たれつの関係を築いていたんです。こうした地域では、庶民がその労働力や農作物などを王様に提供する一方で、王様は庶民に対して生活全般を保護するシステムを作り上げていきました。その後の植民地支配や近代化などを体験するなかで、あるいは自然災害などが発生するなかで、庶民に何か困ったことが起きたとき、その指導者はかつての王国が築きあげたシステムを使って、庶民を救うことができたと思うんですよ。王国の人たちがつくり上げてきた、持ちつ持たれつの人間関係に基づくシステムを使って、いろいろな社会の矛盾を解決していくことができる。だからね、すごくおもしろいの。

だけど、たとえばフィリピンでは、他の東南アジアの国々以上にストリートチルドレンが問題になっていませんか。子どもたちがよくゴミ拾いしていますよね、産業廃棄物がゴロゴロしたゴミの山で。フィリピンはもともと王国ではなく部族の社会です。16世紀ごろ、そんな部族の社会に突然スペインがやってきて、植民地になっちゃったんですよ。それで今度は、19世紀末には米西戦争で、スペインが追い出されて、アメリカが支配するようになります。つまり、部族社会が自国民の率いる王国支配を経験することなく、欧米のキリスト教圏に支配されてしまったんです。こうした社会では庶民を救済するシステムが未発達であるために、現代社会で出現する問題が先鋭化しやすいように思えます。

そんなフィリピンに対して、インドネシアは王国の社会だったので、たとえば貧しい人を救ってあげるというシステムが社会にできていたように思います。確かに貧困問題はインドネシアにもありますが、フィリピンほど極端には出現していないですよね。

先般(第1部で)お話したように、インドネシアは古いシステムを受け継いだ社会です。その受け継いだシステムが、今の福祉制度につながっているようです。貧困者に対する福祉をやるときもその王国のシステムを使えるから、社会にそれほど波風が立たないようにできている。うまくできているんですよ。オランダは植民地支配を遂行するために古いシステムを利用してきたけど、その古いシステムが存続してきたことで、いろんな社会矛盾が出にくくなっているんですよ。これはおもしろい。王国があるおもしろさっていうのかな。

川伝いに支持を拡大したイスラーム

ここからはインドネシアの9割の人が信仰するイスラームについて考えてみましょうね。イスラームの伝播状況から見ていきましょうか。イスラームは、だいたい13世紀の後半からインドを経由してインドネシアに入ってきました。とくに16世紀後半以降はジャワ島内陸部へもイスラームが確実に浸透しいくんですよ。スーフィズム(イスラーム神秘主義)の苦行者たちが川を伝って、アラビヤ科学の粋である医学、薬学、天文学、化学(錬金術)などの知識を携えて入っていくわけです。この苦行者はスーフィーと呼ばれました。それで、今まで何の知識もないインドネシアの人たちに、この薬草を使うとその痛みが和らぐよ、こうすると安全に子どもを産めるよ、と教えていく。あるいは、太陰暦に従うイスラームでは、月の満ち欠けを測ることが得意でしょ。その知識に基づき、これから何日後に月食が起こるよなどと言われちゃったら、何も知らない庶民にとって、これはもう魔術ですよね。彼らは魔術に弱い人たちなので、コロッとまいっちゃうわけですよ。そうして庶民が今度はイスラームになびいていくんです。

オランダの侵攻によるイスラーム王国の衰退とその復権

それと同じころにオランダが武力を背景に入ってきます。そしてその結果、王様が権威を喪失していきます。イスラームが入ってくるまでは、王様は仏教とヒンドゥー教を使って庶民を支配してきましたが、王様は西洋の軍事力にやっつけられちゃうわけですよ。そうなると、再び庶民を支配するのに今までの手法は使えません。だから、王様は自らを復権させるためにイスラームを使うしか手がなくなるんです。庶民もイスラームに心酔しはじめていましたからね。そうしてイスラームの王国が現れます。

イスラームが庶民に入り込んだのは、おそらく、スーフィズムをやっている苦行者たち(スーフィー)の力が大であったと思うんですよ。彼らは川を伝って地域社会に入り込み、徐々に徐々に庶民をイスラームになびかせていく。それを見た王様が、仏教やヒンドゥー教のかわりにイスラームを利用すれば、何とか権威を取り戻し復権できるかもしれないと考えて、王国自体がイスラームの王国に変わっていったようです。

インドネシアの文化に適合したイスラーム

— それでも、仏教、ヒンドゥー教の伝統はまだ残っていたんですよね。

そう、消えてないんです。駆逐はされずに残っています。ただ、威力は落ちたと思う。庶民がヒンドゥー教のシヴァ神に感じる魅力がなくなったというより、やはりイスラームのアッラーを強く信じるようになっていったということでしょう。王様は権力をオランダに奪われつつあったので、ここらでなんとか復権したい。そのなかでイスラームを利用して、アッラーの神の名のもとに、庶民をもう一度自分のもとに引き寄せていこうと。結果的にイスラームは庶民に広がりましたが、アッラーの神を信じることで、これまで信じてきた諸神・諸霊が消えちゃったということではありません。おそらく人々の世界観の中の、どこか安定的な場所にアッラーは位置づいたんでしょうね。先般見てきましたが、おそらく「社長」の位置にね。おそらくですよ。(第3部参照)

— ほかの国だと、イスラームが入ってくると虐殺や迫害が起こってしまう例も見られますが、インドネシアではどうだったのでしょうか?

確かに、イスラームになびいた人たちを王様が大量に殺してしまうこともあったようです。ただ、ほかの国に比べれば少ないと思いますね。なぜなら、インドネシアへ伝播されたイスラームは、ペルシアやインドを経由してきたため、神秘主義的性格を備えるにいたっていたからです。ヒンドゥーの神々の洗礼を受け鍛えられたイスラームがインドネシアにやってきたんです。ヒンドゥー社会を通過してきたんですから、インドネシアにも入りやすかったでしょうね。そして、そうした知識と体験を持ったスーフィーたちが、ヒンドゥー教や仏教で生きてきた人たちを改宗させていったのでしょう。

現代に残る「インドネシアらしさ」とそれゆえの諸問題

— インドネシアにはいろんなものが流入しながらも、インドネシアらしさが消えないと言いますか、植民地化され切っていないように感じます。

でしょうね。さっき話したように植民地支配はあくまでもこの王国の構造を守ったように思えます。これを守ったからこそ庶民がオランダに反発することが最低限に抑え込まれたのでしょう。だからこそ、その構造が植民地以降もそのまま残っちゃうんですね。独立インドネシアの初代大統領であるスカルノもまた、このオランダが利用した構造を、そのまま壊さないように使い続けました(第1部参照)。 だから、今問題になっているのです。

— どのような問題でしょうか?

これまではそこそこうまくやってきました。だけど、今、中東から直接イスラームの教えを説く人たちがたくさんやってくるわけです。テレビも通じて。イスラームの先生たちがおもしろい話によって庶民に訴えかけていきます。説いてることはしっかりしたイスラームなんだもん、反発できないんですよ。

— アッラーは相対的な「社長」ではなく絶対的な神だから、アッラーだけを信じなさい、というような話でしょうか。

そのような類の話でしょうね。だけど、庶民レベルではやっぱり捨てられませんよ。日々の生活のなかに、いまだに諸神・諸霊がいますから。

インドネシアでは、たとえば祭事の後に影絵芝居を上演する地域がたくさんあります。でも、うちの妻の地元(ジョグジャカルタ特別州スレーマン県の北部地区)に住んでる地祖霊「ダニャン」は影絵芝居が嫌いなんですよ。だから、そこでは決して影絵芝居をやりません。もしアッラーだけを信じているなら、地元の精霊なんていないのだから、勝手にやればいいわけでしょう。でも、やる人はゼロです。なぜなんでしょう。それは信じてるからですよ、そのダニャンの存在を。

— そもそも影絵芝居が嫌いな精霊がいるというのも、おもしろいですね。

おもしろいでしょ。これが古いものをそのまま受け継いだ社会なのです。インドネシアは自らの社会を変形させイスラームに適合させたのではなく、イスラームを自分たちの精神世界に適合するように変質させたのではないでしょうか。

インドネシアの歴史書を読んでいると、ヒンドゥー・ジャワ期と呼ばれる仏教・ヒンドゥー教の時代が終焉を迎え、これに取って代わる形でイスラームが入ってくると、別の国の歴史を見ているような感じなんですよ。両者が接合しないんです。ヒンドゥー・ジャワ期のインドネシアとイスラーム流入後のインドネシアとの間に、連続性を感じることができないんです。歴史の断絶を感じてしまうんです。それは、現代の中東直輸入のイスラームの視点から見ちゃっているからではないでしょうか。インドネシアの固有性を等閑視した結果の弊害であるように思えるのです。だって、同じ地域、同じ国ですよ。本当は連続性があるはずなんです。

インドネシア史に連続性を見出すには、ヤオヨロズの神々とともに暮らす、彼らのおおもとの世界観を理解する必要があるでしょうね。そうした世界観がおおもとにあって、そこにイスラームが人々の精神に適合するよう姿を変えて入ってくる感じ。これまで述べてきましたが、アッラーを「社長」の椅子に座らせるということです。

もし仮に、イスラームが姿を変えずにそのままインドネシアに入ってきたなら、ひょっとしたら定着しなかったかもしれません。だけど、インドのヒンドゥー社会で洗礼されて、インドネシアにも馴染めるよう書き換えられて、その結果、人々にイスラームが浸透していく。これがインドネシアの当初の形じゃないですかね。

しかし、現在、中東から直接、「中東のイスラーム」が入ってきています。そこにはスンニ派やシーア派のような対立があったりするし、アルカイーダやIS(イスラーム国)のような組織が関わってきたりもして…。インドネシアの人も、ISに何千人も参加しているでしょ。困ったことだ。

あと、ミャンマーではロヒンギャの難民がたくさん出ています。ロヒンギャは、仏教徒が多数派を占めるミャンマーでは極めて少数派のイスラーム教徒で、迫害されて国籍すら与えられていません。だから、インドネシアでは彼らに対する同情の念がすごいですよ。新聞でも連日取り上げられています。やっぱり宗教の持つ力は大きいですよね。

こういった状況を踏まえると、一見、インドネシアはイスラーム化が進行しているように思えるでしょう。ただ、本当に人々の意識ってそうなのかな、とインドネシアの人たちを見ていて思うんです。やっぱりヤオヨロズの神々があちこちにいる。消えていってもおかしくないのに。不可思議ですよね。

妖怪「トゥユル」の話

あとね、とくにジャワ社会には、なんでも願い事を叶えてくれる、悪い座敷わらしみたいなのがいます。トゥユルという裸の小柄な赤ちゃんの妖怪。このトゥユルに願い事をすれば叶えてくれるけど、近い将来マイナスで倍返しされちゃうんですよ。僕のジャワ人の友人は、商売は繁盛したけど、その直後きびすを接するように両親が他界しました。村人はこの友人が商売繁盛をトゥユルに依頼したからだと噂しています。

インドネシアへ行く機会があったら、どこかの村へ行って聞いてみてくださいよ。トゥユルはどこに住んでいるのかって。そうすると、大人は何て答えると思います? いないって言いますよ。だって、アッラーを唯一神としているわけだから、アッラー以外の存在に願い事を請け負わせるわけにはいきません。ですので、大人の人たちは表だっては決してトゥユルの存在を認めませんよ。

だけど、子どもに聞くとね、みんな同じところを指す。あそこにいるよって。それは間違いなく、親なり社会が教えているってことでしょ。たとえば交通事故のよく起こるところには何か霊的な存在がいると村人は考えるはずです。地祖霊ダニャンやトゥユルが後ろから押しているとか、そういうふうに解釈するわけです。

— 子どもには「あそこにトゥユルがいるから気をつけろ」と言っておいて、よその人には言わないんですね。

体面上、そんなことは言えませんからね。たとえインドネシアの村へ行ってフィールドワークをやったとしても、大人たちに聞いているかぎりは見えないですよ、そんなことは。日々の生活を、表面を見るだけでなく、じっと下から探って見ていかないといけません。インドネシアにポッと行ってポッと見てきて、「イスラーム化されていた」というのは、ちょっといただけません。

「媒介者」を求める、変わらぬ精神構造

コーランを読める人も増えているし、アラビヤ語起源の語彙も増えているし、イスラームの衣装に身を包む女性も増えているし、それをイスラーム化と呼ぶならば、イスラーム化されているんでしょうね。今、一見イスラームが華やかだけど本当にそうなのかなというのが、いま僕が興味も持っているテーマなんですよ。ヤオヨロズの神々が本当に消えているのか。本当に、今まで何千年もの間、人間と共存してきた諸神・諸霊が、このたった数十年で、ロウソクの炎を吹き消すように消え失せていってるのかと。違うんじゃないかな。

先般見てきた「媒介者」を求める彼らの精神構造は変わってないのではないでしょうか。ただ、時代が過ぎるなかで、たとえば王様の威力がなくなり、人間でふさわしい人がいないから、仕方がない、こっちの精霊に頼もうとか、「ゲゲゲの鬼太郎」に頼もうとか。もちろん、精霊に頼めないから、その代わりに人間の指導者に頼もうという、逆の場合だってありえます。そうやって依存していく対象が移り変わってきたんだと思います。だから、彼らの、何千年も生きてきた精神構造は基本的に変わっていない気がするんですよ。ただ、頼れるものがなくなって、弱肉強食の資本主義のなかで、人々を救ってくれる強大な神を求めて、現在イスラームが強くなっているように思えるのです。人々の精神構造が変化したのではなく、時代の流れのなかで、「媒介者」としての対象が変化しているだけなんじゃないかな。そして庶民はしたたかですから、イスラームをより強く信仰することで、信仰とは別の何か得をすることがあるのではないでしょうか。たとえば、コーランの読書会に参加することで、自分が商っている商品の販路が広がるなどといったことです。

それをイスラーム化というのかどうか。何度も言いますが、ヤオヨロズの神々は相変わらず、インドネシアの人たちの隣りにいるような気がします。力は弱まったけど、消えてなくなっちゃ困る。アッラーに頼めないことってあるもん。例えば恋愛成就とか強盗成功祈願なんて、とてもじゃないけどアッラーには頼めないでしょ。そうすると、恋愛成就させてくれる神様をほかに求めますよね。こういった具合に、アッラーを唯一神、絶対神として信じるのではなく、アッラーをも含む神々を、機能別に使い分けているのではないでしょうか。

— 私たち日本人も神道と仏教を使い分けているので、理解しやすいかもしれませんね。

機能で宗教を見るという点では日本も似たようなものですからね。ただ、機能ごとに宗教を使い分けていると、一神教の人たちからすれば、2つも3つも宗教を信仰して、そんなの不信心であり邪道ですよね。でも、僕たちの社会やインドネシアの社会はそういう社会。そこまで厳しくやったら、そもそもイスラームはインドネシアに浸透しなかったかもしれませんよね。
インドネシアの「イスラーム化」の動向を追う意義

インドネシア社会とヤオヨロズの神々は、切り離せない関係にあると思います。ヤオヨロズの神々が消滅するか否かという議論自体には、それほど大きな意味はありません。ただ、インドネシアのイスラームを追うことによって、そこから人々の精神構造や社会の仕組みがどのような影響を受けるのかを知ることができる。イスラーム化してるとか、してないというのは結果的なものであって、大事なのはその途中経過なんです。歴史の連続性のなかで、インドネシアの人々や社会がどう変わってきたか、そしてどう変わっていきそうなのかを知ることが大事、そう思います。

もともとは「政治言語」だったインドネシア語

— インドネシア語は、もともと港々で商用言語として普及していましたが、反植民地運動を推し進めるなかで「政治言語」としての役割を果たすようになったのですね?

そうだと思います。オランダから独立した後も、政治言語として機能していたと考えます。インドネシア語は、最初は政治的に独立するための言語、政治言語でした。戦後もまた、インドネシアとして独立して、まとまっていくための言語が必要だったわけです。だから、独立インドネシアになってすぐのときも、やっぱり相変わらず政治言語だったのでしょう。ちょっと何かあると壊れちゃう社会なので、政治的に一体感を出すために、鵜飼いが鵜を放つようにしてジャワ人を各地に派遣して、そのときに使われた言語が、多数派のジャワ語ではなくて、お互いの意思を通じさせられるインドネシア語だったのでしょう。このインドネシア語を用いて一体感を出していったということではないでしょうか。そのあたりから国民みんなを巻き込むようになったと思います。

— それまでは庶民の言葉ではなく、政治のためにごく一部で使われていた言語だったわけですね。

まだまだね。やっぱり政治的に安定させるための言語だったのでしょうね。それが庶民の言語として安定期を迎えていくのはおそらく1970年代以降。共産主義だったインドネシアが、今度は資本主義に転換するんです。つまりデヴィ夫人の旦那のスカルノが失脚したあとに資本主義がやってくる。そこで欧米の資本が今までに増して入ってきて、テレビやラジオも普及する。そうすると、今度は教育言語になってきます。人々を、庶民を、政治家や革命の闘士に仕立てるのではなくて、インドネシア国民として教育するための教育言語になって、それで今に至ってるんじゃないかな。もともと政治言語だったものが、資本主義化していくなかで、現代のテレビやラジオやそういう通信機器発達の波に乗って普及して、そして教育言語へと変貌を遂げていったわけです。

「絡まっても絡まらない」社会

— 一方では東洋諸国の西洋化にともなう国語教育に似ているようで、他方では歴史的にみると、諸勢力や諸宗教の影響も強くて……すごく複雑で、いろいろなものが絡まりあったような社会に思えます。

それが魅力なんですよ。つまり、糸が絡まっちゃってる状態なんです。絡まっているけど動いているでしょ。なんだかんだいって順調に動いているんですよ、この国は。これが魅力なんですよね。めちゃくちゃなようで、何かがあるんですよ、うまく言えないけど。

道に例えてみましょう。道の両側は泥道になってますが、中央部分はアスファルトで舗装されています。そこに、高級車が通ってます。高級車が通ってる割に、いたるところに穴が空いています。家畜や野菜を満載した荷馬車も来ます。観光客で賑やかな牛車も来ます。人力車が交通ルールを無視して逆走して来ます。そしてその隙間を大量のバイクがびゅんびゅん飛び交うわけですよ。無数の庶民は両脇の泥道に押し遣られていますが、信号のない道を無謀にも横断しようとする奴がいるわけ。そうすると当然、道はさらに混乱しますよね。

だけど混乱しながらも動いてるんです、全体が。交通マヒを起こさない。逆走してくる奴がいても絡まらない。絡まっていて絡まらない、動く。これがこの社会の魅力であり、この社会のたくましさなんだと思います。

さまざまな要素を飲み込む「うわばみ」

入ってくるものを何でも取り入れてしまう。それは、僕らの目には絡まって見えるのかもしれない。だけど、実は絡まっているのではなくて、必要な場所に必要なパーツがあてがわれているのかもしれませんよ。仏教はこう使おうねとか、ヒンドゥー教はここで使いたいねとか、西洋のこのキリスト教の考え方いいね、ここでこれを使うとより庶民の支持を集められるねとか、それぞれの持つ機能を見て、使い分けているように思うんです。

うわばみ(大蛇)のようにいろんなものをどんどん飲み込んじゃって、その各パーツをうまい具合にあてはめて、ちょっとこのあたり弱いぞとなったら、どっかないかどっかないか、お、いいね、パプアの世界にこれがあるじゃないって持ってきて、また足りないものを探して飲み込んで。

それが僕らの目から見ると、交通マヒを起こしているような、毛糸が絡まっているようなイメージだけど、そうではない。絡まっちゃいないんですよ、きっと。うまい具合に足りないところを補い、多すぎるところを削り、ほかへ持っていって、うまい具合に血を巡らせてて、そういうふうに動いてるんじゃないかな。

インドネシア社会には、まず固有の核があって、この核を中心に、ヒンドゥー教も仏教もイスラームも、ヤオヨロズの神々も、アニミズムも、西洋文明も資本主義も共産主義も、いろんなものが複雑に入り組んで周りにぐるっと巻きついて毛玉を作ってる。インドネシアとは、そういう社会ではないでしょうか。

「なんでもござれ」のインドネシアの強さ

— 諸外国の近代化を見ていると、一方向にアクセルを踏み込んで、すれ違ってくるやつを叩き潰しながらじゃないと近代化できなかったようなイメージがあります。しかし、インドネシアの場合は、逆走を許すし、何が通ってもいい。多民族国家らしい、したたかさみたいなものを感じます。

そうですね。インドネシアは懐深いんですよ。確かに近代化の過程で、開発独裁みたいなのやってきましたが、インドネシアの場合、どこかに遊びがあるんですよ、いろいろ。それが魅力なんですよね。そういう社会に生きているから、人々はたくましいですよ。なんでもござれでしょ。なんでも来ていいよ、全部受け入れてあげるよ、と。その代わり、入ってきたらこっちはそのパーツを自由に使わせてもらうからね。インドネシアにはそういう、「したたかさ」、「たくましさ」、そして「温かさ」があるんですよ。

— インドネシアならではの強さですね

おもしろいですよね。

— イスラームに「飲み込まれている」というよりも、逆に「飲み干している」と言えるくらいですね。

表面上は飲み込まれていると見えるかもしれません。ただ、この奥深さというのは陰に隠れてるだけであって、何かあったときには出てくるんです。だから、おおもとを見ないとわかんないんですよ、本当に。そういう意味で、表面的な議論というのは怖い。確かにイスラーム化をめぐるせめぎ合いも目につきます。おそらく表面的にはそう見えるけど、僕なんか妻の実家で田舎を見てると、とてもじゃないけどイスラーム化の一言では片づけられません。まだまだヤオヨロズの神様は、あっちこっちで生き続けていると思いますよ。

— これからも、歴史の波にもまれつつも、なんだかうまくやっていけそうですね。

うまくやっていくでしょうね。

「インドネシア語特集」では、小笠原健二総合政策学部非常勤講師へのインタビューを行い、4部にわたって、インドネシアの歴史、言語、宗教、文化について扱った。歴史や文化といった問題は、言語と深く関わっている。言語を学ぶことを通してそれらを知ることが、我々が言語を学ぶ意義であると、この特集を通して感じた。

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