「SFCらしさ」を再発見し、激変する社会におけるSFCの役割を見出す「復刻! CLIP Agora」。今回は、「大学生福島第一原発視察ツアー」(以下、福島第一原発視察ツアー)を主催している森雄一郎さん(総3)に話を聞いた。

前編では、なぜ森さんが福島にコミットし、福島第一原発視察ツアーを行っているのか、その理由を聞いた。後編では、福島外の人間が福島に関わるということはどういうことか、そして今後の福島の復興はどうあるべきか、森さんと考える。話は、今年8月に行われたツアーに参加したSFC CLIP編集長・原(聞き手)の感想から始まる。

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「語りづらさ」と風評被害 福島をどう語ればいいのか

Jヴィレッジで行われたブリーフィングの様子

Jヴィレッジで行われたブリーフィングの様子

原:

福島第一原発を視察させてもらって驚いたことの1つは、東電の方の対応がとても洗練されているということでした。原発構内を回るバスの中での各施設や廃炉についての説明はとても周到で、プロフェッショナルだと感じました。

また、これは誤解を招くかもしれませんが、東電の方たちのある種の「申し訳なさ」の出し方も印象的でした。視察の前にJヴィレッジ(原発事故への対応拠点になっているサッカートレーニング施設)の会議室で原発や廃炉に関するブリーフィングを受けますよね。東電の方が「この度は皆さんに多大なご迷惑を…」ということをおっしゃってからブリーフィングが始まるのですが、終始そうした雰囲気が漂っている。もちろんあってしかるべき態度だとも思うけど、どうしても僕は違和感を抱いてしまいました。もう少し楽な雰囲気で話してもよいのではないかと。

森:

視察センターの人も毎日のように視察者を受け入れているから、慣れてるんだと思います。

原:

僕は福島をめぐる言論に興味があって、3.11以降の福島の語られ方についてはある程度ウォッチしてきたつもりです。そうした関心の下で、実際にエクスカーションツアーで開沼さんや吉川さんのお話を聞いたり、視察で東電の方の説明を聞いたりして感じたのは、皆がとても「いろんな人に配慮して」話しているということ。どうしてこうした語り口になるのかを僕なりに考えたら、5つぐらいのキャストがいるように思いました。
① 被災者、地元の人
② 東電関係者
③ 有識者、言論人
④ 東北外の一般人、福島や復興の問題に無関心だといわれる層
⑤ 風評をばらくまくような人
この5つをすごい意識して、かつ配慮しながら話してるんですよね。そして、開沼さんらは⑤を一番困ったものとして論を組み立てています。最近の開沼さんの著書『はじめての福島学』や『福島第一原発廃炉図鑑』、そしてツアー当日の語り方もそうでした。

印象に残っている会話が1つあります。Jヴィレッジで原発への入構カードを渡されたときのことです。僕は室内でずっとカメラを持っていたのですが、吉川さんに「入館証は写真撮らないでね」と注意を受けました。僕が「これはあんまり撮られたくないんですね」と返すと、吉川さんは少し言葉を詰まらせて「セキュリティーとして大事だからね」とおっしゃったんです。

僕も吉川さんと同じ意味合いで発言したし、純粋に「セキュリティー上撮っちゃダメですよね」という意味で言ったのですが。少しでも「こういうのは隠したいんですね」というニュアンスの言い方をすると、"東電は隠したがる"的な言説や風評が顔を出してしまうんだと思います。吉川さんはそういう偏見や風評に敏感で警戒してしまう。もちろん、吉川さんにはそういう意図は全くなくて、僕の考えすぎかもしれないけど。

森:

事前に一緒に勉強会をしたわけじゃないし、開沼さんや吉川さんも参加者のことをほとんど知らない状態です。参加者の中には、偏見も持っているような人もいるかもしれないし、敏感になるのは仕方ないですよね。

原:

ただ、僕がこういうことを考えてしまうぐらいに、福島と原発について話をするときの「語りづらさ」は深刻だと実感しました。開沼さんや吉川さんが色々なことを解説するときもそうだし、参加者が質問や意見を言うときにも、すごく言葉を選んで話さないといけない。息苦しさがあります。それは、吉川さんの日々のFacebookへの投稿を読んでいても思うことです。

森:

ほんとに大変だと思います、なにを言っても「東電の回し者だ!」という具合に批判されますし。僕自身も言いたいことは色々あるんですが、すぐにレッテル貼りされるのが怖いです。僕はべつにメディアに出て積極的に発言するほど専門知識があるわけではないですが、震災から5年も経ったいまも風評を言う人々は衰えていません。開沼さんと話すときはそういう人もひっくるめて「被害者」だと言っています。

構内を回るバス内での様子(吉川さん提供)

構内を回るバス内での様子(吉川さん提供)

福島はどう開かれるべきか 観光地化の是非

原:

そうしたことを考えていたら、2015年に毎日新聞で行われていた思想家の東浩紀さんと開沼さんの往復書簡のことを思い出したんです。ここで東さんは、開沼さんの『はじめての福島学』の「ありがた迷惑12箇条」に違和感を表明しています。「ありがた迷惑」という強い言葉を使われると、東北外の、当事者から離れた人間はなにもできなくなってしまうんじゃないかと主張している。

それに対して開沼さんは「東さんのような人がコミットしてくれるのはうれしい」と言いつつも、現に福島に謂れのないことを言ってくる人がたくさんいて、そういう人には厳しくしなければいけないと言っています。東さんは「福島第一原発観光地化計画」を提唱していますが、ここで「観光地化」と言っている理由は、意識が高くなく軽薄でもいいから、観光や消費という形で人が福島を訪れる機会ができたほうがいいから。人々が福島に無関心にならない回路をどう作るべきかという話をしています。僕はこうした提案にわりと賛成です。

森さんが主催しているツアーや学習塾は、福島外の人が福島にどう関わるべきか、ということを考えて行われていると思うのですが。観光地化についてはどう思いますか。

森:

東さんは、福島の問題が風化して皆が無関心になってしまうことを恐れてるんですかね。僕は、実は風化したら風化したでもいいと思っています。全国の人がずっと関心を持ち続けるのは難しいし、それを言ったら関心を持った方がいい社会問題なんて他にもたくさんあるわけです。いちいち全部に関心を持つのは無理がある。

原発はそれぞれの問題が細かくて複雑なんですよね。最近話題の凍土壁について、なぜ作っているのか100人に聞いても90人は答えられない。あれは汚染水の増加を防ぐために作ったもので、汚染水が漏れるのを止めるために作ったわけではない。いずれにせよ、細い知識を持とうとすると限界があります。

福島に過度な期待や幻想は持ちこまないほうがいいし、さらに言えば、余計な補助のお金も入れないほうがいいと思いますね。一般の人が観光に訪れてなにができるんでしょうか。お金を落とせるとか?

原:

観光地化は、広島や沖縄がモデルだと思います。広島には原爆ドームや平和記念資料館がありますよね。修学旅行などで、「20✖️✖️年より後の世代はほとんどが高校のときに福島に旅行に行っている」という状況ができたら、風評被害も自然と成立しなくなる。慣習として「経路」ができてるからみんな広島や沖縄に行くわけで、それは作ったもん勝ちなところもあるんじゃないかと思います。

森:

広島の原爆は明らかにアメリカという外部から落とされたものですよね。そして被害も目に見えたものとしてあったから、広島平和記念資料館といったものも作れる。一方福島の場合、双葉郡の人口の3割は東電関係者ですし、原発を絶対悪にはできない。また、放射能による健康被害といったものも否定されています。

行政にアドバイスできるアウトサイダーが必要

森:

一般の人が行ってもできることは限られていると思いますよ。いまなにが最も求められているかというと、地元の行政でしっかりと復興プランを考えられる人。SFCの教授でいえば上山信一総合政策学部教授のように、行政に介入して戦略を考えられる人だと思います。国が介入するとよくないんじゃないかというのが最近の地方分権の流れ。そうすると、トップダウンではなくボトムアップでプランを考えるのが望ましいのですが、本来主導するべきところの県は拗ねちゃってる。各自治体が復興プランを作っているんだけど、そこでは客観的な評価が欠落しがちになります。

福島も田舎っぽいところがあって、1つ街を挟むと仲が悪かったりするんですよね。ある町で隣の町の話をすると、片方の悪口を言ったりする(笑)。以前には、買い物には富岡町の大きなショッピングモールに行く、その別の街にはサッカー場がある、という風に用途に応じて各町にいくといったエコシステムが出来てたんです。しかし、それがお互いの仲悪さに重ねて、それぞれが「ミニいわき」(各自治体が人口不相応に作ろうとしているハコモノのこと。前編参照)を作ったときにはもう完全に相互不干渉になってしまう。でも、自治体が復興のプランを考えるとなぜがどうしても「ミニいわき」的なアプローチになってしまうんですよね。

原:

ハコモノを作るにしても、その地域と人口に見合ったものを設計しないとダメってことですよね。

森:

現地の人で「ミニいわき」に反対する人なんていないからそうなっちゃうんだけど。そういうのにストップをかけられるのはアウトサイダーだけなんです。復興プランを見ると、いままで家しか建っていなかった海側の地域に、再開発してビルが立って、という絵を描いていたりするんですよ。それなんの絵なの!ってことでしょう。それが各市町村レベルで行われている。広野町には2015年にショッピングモールができましたが、これ1つで十分だと思うんですよね。

僕のおおまかなイメージとしては、国道6号線を強化して、どの市町村もいわきにアクセスしやすいようにすれば十分だと思っています。なるべくハコモノを残さない、インフラにお金をかけないというのが今後の財政運営で一番重要です。ただでさえ少子高齢化は免れえないんですから。

横断的に地域全体のことを考えられる人が必要です。そういうところには、風化は仕方ないとか言わずに外部の人間が入るべきだと思います。アウトサイダーだからこそ言えることがあるんですよね。現地の人は、どうしてもムラ社会的な事無かれ主義に向いてしまいます。人間関係が重層的なので、輪を乱すような提案が難しいんですよ。

ポスト原発 これからの経済圏の作り方

視察では作業員の方の姿も(吉川さん提供)

視察では作業員の方の姿も(吉川さん提供)

森:

住民の多くは震災前の状態が一番よかったと考えていると思います。とはいえ、旧住民が戻ってくるとしても半分ぐらいでしょう。また、住民数に匹敵する人数の作業員とこれからも同じ街で共存していかなくてはなりません。

原:

原発事故が起きなくても、地方はこれまで通りには成り立たなかったわけですよね。

森:

高齢化と人口減は止められないですよね。双葉郡の自治体がこれからどう経済圏を作ったらいいかという話については、なるべく東電の発電所を誘致するのがいいと思っています。例えば、もともと広野町は火力の街でした。現在、広野町の広野火力発電所の敷地内に「IGCC(Integrated coal Gasification Combined Cycle=石炭ガス化複合発電設備)」という方式の火力発電の商業プラントを作っています。石炭をガス化して燃やし、コンバインドサイクルと組み合わせるという、燃焼効率44%のとても効率がいい火力発電です。

こういうものを増やしていくのは1つの案だと思います。雇用も作っていく。ただ、今の東電は体力が無いのですぐに自力での新規設備投資はできないですけどね。いずれにせよ、投資すべきものと投資すべきじゃないものをしっかり見極めなきゃいけなくて、後者もまだまだたくさんあります。

原:

各自治体がどういう復興プランを立てるべきか、今後数十年のビジョンをどう作るか、という点に関しても、福島外の人間が1歩下がった立場から関わることが重要だということですね。

もっとゆるふわに福島と付き合うべき、もっと福島を楽しむべき

森:

また、正確な質の高い情報を発信できる人たちを増やすことも大事です。そこにボリュームがないと、ゲリラ的に発生する風評被害発生器に対応できない。

原:

風評被害発生器(笑)。

森:

発生器が立った時に、「私は福島の実情を知っています」という人が要所について対応できることが重要です。僕はそういうことをしたいし、そういう人を増やしていきたいです。

原:

広野町での学習塾はこれからも継続されるのですか?

森:

そうですね。学習塾に関しては「中学生と交流してて楽しい」というのが率直な感想です(笑)。中学生と会って夜は福島の美味しいご飯を食べるのをいつも楽しみにしています。みんな「福島」と聞くと身構えちゃうんですが、もっと皆ゆるふわに福島と付き合うべきですよ。福島はご飯が美味しいし、お酒も美味しいし、桃やぶどうも美味しい。温泉もあります。そういった意味では観光に行くのは十分価値があります。しかし、それは原発事故という切り口ではなく、以前からある特産品を見るべきです。

原:

最後に、今後の森さんの活動を教えてください。抱負も含めて。

森:

エクスカーションと原発視察のツアーは継続する予定です。参加者からは勉強になったという声が多くて好評で、素直に、やってる意味があると思っています。また、将来的にはさっき言ったように行政の意思決定プロセスにもコミットできたらと思っています。このままだと必要以上のキャパシティを想定したインフラを作って、後ろの世代が今後半世紀それを背負っていかなきゃならなくなる。問題を総括すれば、いかに震災後のバブルから平常状態にソフトランディングさせるかということですね。

原:

ありがとうございました。

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