5月2日に湘南台駅西口にオープンし、にぎわいを見せている「湘南台温泉らく」。SFC CLIP編集部は、これまで2回にわたってオープンをお伝えしてきた。今回は、同施設を運営する株式会社テクストの奥畑哲代表取締役にインタビューを実施。前編では、温浴施設の開業に至る経緯から、空間づくりに仕掛けたこだわりを聞いた。

ウエストプラザを拠点に湘南台を見守り続けて20年以上

駅西口のシンボル、湘南台ウエストプラザ

株式会社テクストは、企画開発を行う株式会社イディアクロスのグループ企業で、具体的な店舗の経営管理を担当している。全国ブランドから地元店まで多くのテナントが集まり、駅前のシンボルともいえる「湘南台ウエストプラザ」(1990年構想、95年開業)を拠点に、「セントラルウェルネスクラブ湘南台」「セントラルスイムクラブ湘南台」「湘南台カルチャーセンター」など、20年以上にわたって湘南台のまちづくりに取り組んでいる。ちょうど今年25周年を迎えるSFCと同世代となる。
 
 そして、同社の新しい事業である「湘南台温泉らく」は、奥湯河原神谷温泉(足柄下郡湯河原町)の源泉から湯をタンクローリー輸送することで天然温泉を実現させた。22時間営業のほか、地元居酒屋「鳥海山」が出店するなど、SFCの学生や教員からも注目が集まっている。

以下、奥畑代表へのインタビュー前編をお届けする。
 

湘南台にあったらいいな 5年前にさかのぼる温浴施設構想

駅西口から徒歩2分。北消防署のとなりにできた「湘南台温泉らく」

— 温浴施設の計画はいつからあったのですか?

温浴施設のイメージは5年ほど前からありました。4年前の2011年、ちょうど震災のときにオープンしたのがウェルネスクラブとスイムクラブで、この延長に温浴施設の構想があります。この2つのスポーツクラブがうまくいって、会員やスクール生が集まり、ひと段落したんです。それで、次の事業として、温浴施設というわけです。

— スポーツクラブから温浴施設ですか。

関連がないように見えますが、実は似ているんです。スポーツクラブって、お風呂と近い部分がある。機械室、ポンプ、ろ過装置、重なるところが結構ありますよ。

— 設備的なノウハウはすでにあるわけですね。温浴業界に参入するハードルも低かったのでしょうか。

この20年くらい、温浴施設、スーパー銭湯のブームがあって、交通系や不動産系の大きな会社がどんどん参入しています。その流れが「うちもやっていいんだ」とハードルを下げてくれました。さらに、世間が日本文化や「おもてなし」に関心を抱くようになって、より参入しやすくなりました。

— 温浴施設もやはり湘南台で。

湘南台は、鉄道も3線乗り入れとはいえ、たまたま通りかかった方にとっては立ち寄りにくい場所に変わりありません。みなさん乗り換えてしまって地上には出てこない。そこで、わざわざ湘南台に寄ってもらえる施設をつくりたかったのです。

そう考えたとき、このまちに住んでいて「こんなものがあったらいいな」という施設のなかに、お風呂が出てくるわけです。
 

既存の“スーパー銭湯”からの脱却

— 実際の設計はどのように進みましたか?

スーパー銭湯のコンサルタントや設計事務所とずいぶん話しました。実は、設計事務所も1回変えたんです。スーパー銭湯業界の設計だから、おもしろくなかった。

— 型にはまっているということですか?

お風呂の数が26あるとか、そういうのをつくろうとするわけです。でも、うちの考えているお風呂とはちょっと違う。いわゆる“スーパー銭湯”というものをねらっていませんし、そこから脱却しようと強く思っていました。

実際に見てもらうとわかりますが、うちは旅館に近いようなゆっくりできる普通のお風呂です。

— 確かに、乱立するスーパー銭湯は、お風呂の数や豪華な設備で勝負するのが目立ちます。結局、どこも同じになってしまう。そのなかで、「湘南台温泉らく」はどこで勝負をするのでしょうか?

一番の売りは3階の大風呂(奥湯河原の湯)です。幅7mで深さが90cmもあります。まずはこの大風呂をつくりたかったのです。いまはほとんど60cmが主流。旅館や温泉地、昔からの銭湯なら、ときどき90cmのところもあります。
 

大浴槽「奥湯河原の湯」。毎日直送される天然温泉を楽しめる。


 これにたどり着くまでが大変でしたね。スーパー銭湯の設計者は、深さ60cmまでしかつくらないんですよ。

— スーパー銭湯の設計者がつくりたがらない深いお風呂。なぜ避けられるのでしょうか?

やはり効率です。深くすればそれだけコストがかかります。でも、その逆をいきたかった。“無駄”をしたかったんです。散財をするという意味ではありません。温泉を楽しみに来てくれるお客様、疲れを癒やしに来てくれるお客様に「効率」を押しつけるのは間違いです。「お客様に提供できる楽しみ方って何があるだろう」ということを考えたかったのです。
 

「湘南台温泉」という看板へのこだわり

— その大風呂に入るのは天然温泉。これも奥畑さんのこだわりですか?

「湘南台温泉」という言葉を使いたかったのです。どこかで湘南台の話題が出たとき、「温泉」も一緒に話題になってほしい。でも、それがただのスーパー銭湯なら話題にも自慢にもなりません。まちの自慢にしてもらえるようなものをつくる必要がある。だからこそ、「温泉」にこだわりました。

となれば、温泉がないといけません。しかし、敷地が狭いから温泉は掘れない。良い井戸水は掘っていて、その沸かし湯がベースになっているのですが、温泉は別に持って来るしかありません。

奥湯河原の神谷温泉さんと出会って、実際に温泉に入らせてもらったんです。無色透明のきれいな湯でした。その神谷温泉さんから湯を持って来てもらうことにしました。

— 毎日直送ですよね。

天井裏に60tのタンクがあって、毎日10tずつ持って来てもらっています。余談ですが、湯河原のトラックがうちと同じ湘南ナンバーなんですよ。トラックが来ても、だれも驚かないんです(笑)。

— 湯河原も湘南ナンバーなんですね(笑)。

KYリカーのとなりから毎日温泉が搬入される。

おしゃべりオッケー 「コミュニケーション」を仕掛ける

— 「湘南台温泉らく」が提供する楽しみ方とは何でしょうか?

「コミュニケーション」です。時代として、求められているのではないでしょうか。
 例えば、深さ90cmの大風呂は、30cmごとの段差が2段あります。そうすると、一番上の浅いところはほとんど腰かける程度で、2段目は普通の深さで、一番底はどっぷり浸かれる。その2段目、座るところでゆっくり会話ができるんですよ。

— なるほど。半身浴で長い時間、となりの人と話しながら入っていられるのですか。

そうなんです。あと、2階の石風呂が代表的です。よくある岩盤浴だと、「静かにしてください」「しゃべらないでください」という雰囲気ですよね。

— となりと仕切りがあるところが多いですね。

でも、うちは「小声でしゃべってください」というスタンス。本当は「しゃべっていただいて結構です!」と書きたいくらい(笑)。あんまり大きな声だとムードが壊れちゃいますが、そもそも玉石の上を歩くから、音がするんですよ。

2階の石風呂。玉石が敷き詰められ、自由に寝たり座ったりできる。

— 石風呂の外の休み処も同じですか?

そうです。すべての空間がフラットになっています。すぐ横に本棚(ライブラリ)があって、雑誌を見ながら、畳の上に寝転がりながら、とか。

ライブラリには雑誌や漫画が並ぶ。奥は化石黄土の岩盤サロン。

ご年配の夫婦とか、友だち連れとか、そういう方々が十分楽しめる空間をイメージしました。ご年配の方も若い方も一緒に楽しめるような施設がほしかった。湘南台というまちに合ったものをつくったつもりです。
  
 
 奥畑代表は、こだわり尽くした「湘南台温泉らく」のくつろぎ空間について終始笑顔で明るく質問に答えてくださった。流行に流されず、むやみに効率化を求めない姿勢や「コミュニケーション」というお風呂の楽しみ方を知ることができた。
 次回、後編では、学生という湘南台では外せないターゲットから、湘南台のまちづくりに対する思いまでを聞く。お楽しみに。