「SFCらしさ」を再発見し、激変する社会におけるSFCの役割を見出す「復刻! CLIP Agora」。今回は、シュアールグループ代表の大木洵人さん(2011年環境情報学部卒)。SFC在学中に手話サービスを提供する「シュアール」を創設したほか、手話サークル「I’m手話」を立ち上げた。昨年には、人類に貢献するために大きな課題に挑む先駆者のサポートを目的とした「ロレックス賞」を、ヤング・ローリエイツ部門で日本人として初めて受賞した。

SFC CLIP編集部が行ったインタビューの様子を、前編・後編の2本の記事に分けてお伝えする。

SFCに入学して始まった「手話との歩み」

シュアールグループ代表・大木洵人さん シュアールグループ代表・大木洵人さん

—— 大木さんはどういった理由でSFCに入学されたのですか。

もともとは美大志望で総合大学に行くつもりはなかったのですが、高校3年生の時に写真の大会で負けたのがきっかけで将来を考えて、両親から「SFCなら、好きな英語も勉強できてよいのではないか」と言われました。他の大学も含めて実際に足を運び、SFCに魅力を感じてSFCを志望しました。そこからはSFCに受かるために必死で勉強して、結果無事合格することができました。

—— 1年生の時に手話サークルの「I’m手話」を立ち上げられたとのことですが、そのきっかけを教えてください。

中学2年生の時に、たまたまテレビで手話を見かけて興味を持ったのが最初でした。とはいえ、そこから手話に取り組むことはなく、大学入学当初は高校時代から応援団に所属していたこともあり應援指導部に入ったのですが、体育で負った怪我が悪化して続けられなくなってしまいました。

当時、情報基礎の授業にSNSのようなものがあって、それで同じ群馬出身の人を見つけて意気投合したんです。その人から「手話をやりたい」という話が出た時に、ちょうど自分も中学のときから興味を持ちつつも実際にやる機会がなかったので、いい機会と思い「やろう!」という話になりました。そして、ちょうど應援指導部をやめたタイミングで「I’m手話」を立ち上げました。

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大きな転機となった「シュアール」の起業

(画像: ©︎ Rolex / Hideki Shiozawa) (画像: ©︎ Rolex / Hideki Shiozawa)

—— 「I’m手話」を立ち上げた翌年、2年生の時に「シュアール」を創設されたとのことですが、これはどのような経緯があったのでしょうか。

特許になるビジネスアイデアを考え出すという授業で、手話のキーボードがあったら面白いんじゃないかというアイデアを出して、実際に特許を取るに至りました。

創業当時から一度もブレていないミッションとして、「聴者と聴覚障がい者が対等な社会を創造する」というものがあります。僕は、「平等」と「対等」って違うと思うんです。人間は良し悪しには関係なく、生まれた場所とかも違いますよね。その時点で「平等」ではないわけですが、お互いを尊重し合えば、「対等」な関係を築くことはできます。聴者と聴覚障がい者は、決して平たくはない、つまり「平等」ではないわけですが、必要なものを補っていくことで両者の関係を「対等」にしようというのがシュアールの考えです。

—— 創設に際して、苦労したことはありましたか。

手話キーボードはスパンの長い事業として見ていて、すぐにビジネスとして成り立たせるのは難しいだろうと考えていました。手話キーボードは手話ができる人だけがターゲットで、市場が世界規模だからです。それに対して、手話指導や通訳はより日本国内でも広くニーズのある事業で、すぐに収益が見込めるので、立ち上げた当初はそちらを中心にやっていました。珍しいこともあってビジネスコンテストなどでは勝てたので、それによってお金も入ってきました。比較的順調だったのではないでしょうか。

手話サービスを、あえて「ビジネス」として提供する

(画像: ©︎ Rolex / Hideki Shiozawa) (画像: ©︎ Rolex / Hideki Shiozawa)

—— なぜ、ボランティアではなく「ビジネス」として行っているのでしょうか?

皆さんが110番をかけたとき、日本語が通じない人が電話に出たら困りますよね。常に提供されるべきサービスが、常に提供されていない状況です。それは手話でも同じです。「今週はボランティアの人が足りないからサービスは休止する」なんてことがあれば、ろう者の人たちは大変困るんです。

例えばカフェにろう者が来店して、それに店員が頑張って対応したというのは、聴者にとっては「非日常で良い経験だった」かもしれません。しかし、ろう者にとってそれは日常です。日常的に求めるサービスが、不安定で低品質で継続性がない。それは非常に困ってしまいます。

つまり、安定して高品質で継続性があるサービスが求められるわけですが、これをボランティアとして行うのは非常に難しいです。ただ、ビジネスであれば、もちろん倒産という危険性もありますが、会社として組織を作ることができるのでサービスが途絶えにくいと考えました。それがビジネスに落とし込んだ理由です。

(画像: ©︎ Rolex / Hideki Shiozawa) (画像: ©︎ Rolex / Hideki Shiozawa)

—— 現在、シュアールはどのような事業を展開しているのでしょうか。

シュアールでは遠隔通訳を中心に事業を展開しています。ある会議にろう者が参加した際、シュアールの通訳者が会議の内容をiPadなどを通じて聞き、それをiPadの画面を通して手話通訳する、といった形です。駅の窓口などでの、ろう者への対応や、ろう者の電話代行といったことも行っています。

そして、今回のロレックス賞でも取り上げられた「SLinto」という手話のキーボードおよびユーザー参加型のオンライン手話辞典があります。アルファベットは、26文字しかないにも関わらず、それを組み合わせることによって複雑なコミュニケーションを行っています。それを参考に手話の構成要素を考えたとき、手話も手の形とその位置の組み合わせによってキーボード入力ができるのはないかと考えました。なぜキーボードで考えたかというと、キーボードがコンピュータと人間が会話する際に最も使われているツールだからです。

もちろん画像認識や音声認識のような入力方法もありますが、使われる頻度はまだまだ高くありません。手話の世界だけ特殊な入力方法を使っても広がりづらいので、マジョリティに従ってキーボードを選択しました。それに加えて、手話は世界共通の言語ではないわけですが、今ではiPhoneなどで簡単に動画が撮れる時代なので、何か手話を思いついた際にそれを撮影して共有することができますよね。手話に5本の指と2本の腕を用いることは世界でも共通なので、キーボードも世界共通のものが作れますし、最低限のインターネット環境とカメラがあれば手話を投稿することができるので、世界中から手話が集められると考えました。面白いゲーム・チェンジだとロレックスからも評価されて、ロレックス賞の受賞に至ったというわけです。

(画像: ©︎ Rolex / Hideki Shiozawa) (画像: ©︎ Rolex / Hideki Shiozawa)

—— この先は、どのような事業展開を考えていますか。

2020年に東京オリンピック・パラリンピックが予定されていて、「世界の人々をおもてなしする」と言っています。ですが、先進国の中で、手話の遠隔通訳サービスが整ってない国は日本ぐらいなんです。韓国は2010年頃から24時間サービスを行っていますし、アメリカでは1990年、フィンランドでは1970年代から取り組みが始まっています。それに対して、日本ではまだまだ民間の一部でしかサービスがありません。

つまり、実際に海外からろう者が来た場合に、緊急電話ができないわけです。アメリカだと、2人で暮らしているろう者の夫婦の片方が倒れた場合でも、スマートフォンを使ってすぐに救急車を呼べます。ですが、日本では何もできません。そういった状況でどう「おもてなし」できるのでしょうか。インターネットがないとか通訳者がいないといったように、技術・人材面などが原因であれば仕方がないですが、通訳ができる人はいて、インターネットは国中に張り巡らされています。つまり、物理的な環境は揃っているので、あとは制度の問題だろうと。2020年までに安心してろう者の外国人が来日できるように、取り組みを始めています。

もう1つの目標として、日本発祥、そして世界で初めてのという意味で、「日本発」、「世界初」の会社になるということがあります。ロレックス賞の表彰式の際、カメラマンのカメラはほとんどがキヤノン製とニコン製でした。このように、世界で戦っている日本企業はたくさんありますが、IT業界に目を向けると、そうやって世界で戦っている会社が少なすぎる気がします。

そのような状況の中で、「手話のITサービスといえばシュアールだよね」、そして「シュアールといえば日系企業だよね」と言われるようになりたいと考えています。手話のデータベースが全部日本に集まってくる状況を作れば、ビッグデータやAIの活用が盛んになる今後は、よりリーディングカンパニーとしてプレゼンスを発揮できるのはないでしょうか。

前編では大木さんやシュアールの過去、現在、未来について話を聞いた。後編ではロレックス賞の選考や受賞した反響など、ロレックス賞にスポットを当てる。

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