ORF2016の2日目・19日(土)、セッション「2017年始動・SFCの新しい教育の仕組み ~Health Science パースペクティブ」が開催された。「高校生のためのSFC講座」「コミュニケーションコーナー」などとともに、高校生向け企画の一つとして開かれたものだ。環境情報学部の教員6名が集い、ヘルスサイエンスパースペクティブで開講予定の科目の模擬授業が行われたのち、パースペクティブという枠組みの概要が明かされた。

パネリストの面々 パネリストの面々

登壇したのは次の6名の教員。

■パネリスト

  • 諏訪正樹 環境情報学部教授
  • 濱田庸子 環境情報学部教授
  • 黒田裕樹 環境情報学部准教授
  • 内藤泰宏 環境情報学部准教授
  • 牛山潤一 環境情報学部准教授
  • 藤井進也 環境情報学部専任講師

バリエーションに富んだ教員による模擬授業

セッションの前半では、ヘルスサイエンスパースペクティブに含まれる授業がどのようなものかを体験してもらうため、教員による1人8分間の模擬授業が行われた。内藤准教授が進行役を務め、ほか5名の教員がそれぞれ異なった分野の授業を展開した。

「SFC×カエル」 黒田裕樹准教授

「生命現象と現実社会の比較論」 黒田准教授 「生命現象と現実社会の比較論」 黒田准教授

今年のORFのテーマが「かえる」になったキッカケでもある黒田准教授は、発生生物学が専門だ。「生命現象と現実社会の比較論」の模擬授業を中心に、母親の胎内でヒトの胎児が変化していく過程の動画や、将来皮膚になる細胞を心臓へと分化させる技術など、ヘルスサイエンスの基盤となるバイオ分野の研究について紹介。カエルの研究をすることで、ヒトの発生のメカニズムの理解を深めることができると述べた。

「健康なこころを育てる」 濱田庸子教授

「パーソナリティ発達論」「心的環境論」 濱田教授 「パーソナリティ発達論」「心的環境論」 濱田教授

精神医学が専門の濱田教授は、「パーソナリティ発達論」「心的環境論」への導入として「こころの発達における関係性」をテーマに模擬授業を披露。特に幼児期の発達が取り上げられ、来場者に自身のいちばん幼い頃の記憶を思い出してもらう、またスライドに映された赤ちゃんの表情から気持ちを想像してもらうなど、来場者の積極的な参加を促した。そして、赤ちゃんが感情・情緒や言語を発達させるうえで、周囲の人との「非言語的なかかわりあい」が果たす役割について紹介。赤ちゃんが周囲から独立した存在ではなく、自身を取り巻く人との関係のなかで成長することを強調した。

「SFC×音楽」 藤井進也専任講師

「音楽神経科学」藤井専任講師 「音楽神経科学」藤井専任講師

今年9月にSFCに着任した藤井専任講師。自身がドラマーでもある藤井専任講師は、音楽と身体・心・脳の関連という新しい分野に取り組んでいる。音楽と人間の関わりは科学的にも興味深い事象であると述べつつ、社会性の発達における音楽の影響に関する研究や、音楽がパーキンソン病のリハビリテーションへ応用されうることを紹介した。「情報としての音楽をデザインするとともに、人間の心と身体、社会の理解を深めることで、新しいヘルスサイエンスが創造できる」とメッセージを送った。

「脳・身体という環境、運動を生み出す情報」 牛山潤一准教授

「運動の生理と心理」牛山准教授 「運動の生理と心理」牛山准教授

「飛んできたボールをラケットで打ち返すのにも、多くの情報処理が必要です。関係する脳の領域もかなり広範囲にわたります」と語ったのは、「運動の生理と心理」を開講する牛山准教授。特に運動を生み出すステップに焦点を当て、脳の一領域である運動野と、脳から運動器官へと情報を伝達する皮質脊髄路について取り上げた。人間の子どもが手でモノをつかむ動作を例に、運動野の広さや、脳と脊髄のつながりの程度が、動きの精密さをもたらしていることを紹介した。加えて、運動の理解のためには、身体と脳どちらかのみではなく、両者の相互作用をふまえた研究が必要だと述べた。

「ヒトの賢さとは何か? 融通の聞かないコンピュータと臨機応変なヒト」 諏訪正樹教授

「人工知能論」諏訪教授 「人工知能論」諏訪教授

哲学や人工知能を専門とする諏訪教授は、「ロボットを賢くするには、ヒトはどう賢いのかを研究しなければなりません」と語る。ソフトバンクの感情認識パーソナルロボット「Pepper」がテレビ番組に出演した時のエピソードを紹介しつつ、ボケやツッコミのようなふるまいをロボットができるようになるまでにはまだ遠く、現状の人工知能の課題を提示した。持っている知識から、関連しているもののみを拾い上げる、「人間の臨機応変さや柔軟さ」を強調するとともに、発想や創造性などの領域における「知能と身体の関係性」にも言及した。

SFCならではの教育スタイル―ヘルスサイエンスパースペクティブ

1時間弱の模擬授業ののち、来場した高校生の一人からは、「SFCでの学びの多様さを感じた」との感想が聞かれた。

セッションの後半では、来年度から始まる「ヘルスサイエンスパースペクティブ」の具体的な制度について説明があった。パースペクティブについては、SFCの2016年度パンフレットで登場が予告されており、「関心領域を起点に、つながりのある科目を見渡すためのツール」だと紹介されていた。来場者のなかには、このパンフレットでパースペクティブの存在を知ってセッションを訪れた人もいたようだ。

ヘルスという視点から「幅広い」学びを

ヘルスサイエンスパースペクティブは、「ヘルス―健康」の視点から授業科目の広がりを提示し、学生の「分野横断的」学びを支援する枠組みである。

脳科学を専門とする学生のパースペクティブ活用例 脳科学を専門とする学生のパースペクティブ活用例

特徴的なのは、生命科学や臨床心理学といった、健康に直接関連する分野だけでなく、社会学や人工知能といった、健康と聞いてすぐには連想しない分野の科目までが含まれている点だ。この点について諏訪教授は、「授業科目のなかには、自分の専門とつながるかわからなくても、興味があるから履修してみるというものもある。そして、後になって自分の専門の研究との関連に気づくことがある」と、専門分野以外にも視野を広げることのメリットを述べた。

パースペクティブに含まれる科目を要件に従って「広く偏りなく」履修することで、サティフィケートが授与される。現時点では、サティフィケートの認定について成績証明書への記載を予定しているという。

「基盤」+「身体」「心」「社会」の側面をバランス良く

ヘルスサイエンスパースペクティブを構成する3側面 ヘルスサイエンスパースペクティブを構成する3側面

ヘルスサイエンスパースペクティブは、「身体」「心」「社会」の健康の3側面に加え、健康を理解するための「基盤」となる科目から構成される。パースペクティブに含まれる科目は、このひとつ以上に分類され、科目によってはひとつのみならず複数に分類されうるという。例えば人工知能論は「心」「身体」、2側面の科目として指定される。現時点での構想では、「各側面から少なくとも8単位、全体で40単位以上履修する」ことをサティフィケートの認定要件とするという。

セッション前半の模擬授業がそれぞれどの側面に指定されるかの紹介もあった セッション前半の模擬授業がそれぞれどの側面に指定されるかの紹介もあった

SFC開講の授業科目のうち約100科目が、ヘルスサイエンスパースペクティブ科目として指定される予定だ。当該授業に関わる教員は、専任教員20名(SFCの専任教員の約1/5)を含めた30人ほどになる見込みとなる。

パースペクティブは今後も追加予定

なお、初年度となる2017年度は、ヘルスサイエンスともうひとつ、合わせて2つのパースペクティブが開始される予定だという。今後も順次追加を構想しているとのことだ。また学生は、複数のパースペクティブについて認定を受けることが制度上可能になる。

質疑応答の時間になると、パースペクティブという新しい制度についての質問が挙がった。

学修内容を対外的・客観的に示すためのサティフィケート

パースペクティブの認定を受けるメリットを問う質問にたいして、「専門分野のみではなく横断的に学んできたことを、就職活動などでアピールできる」と諏訪教授は答える。

また内藤准教授は、「SFCは各学部において一学科制を維持してきた上、例えば総合政策学部生が環境情報系を中心に学んでいるケースも多い。そのため、学科など書類を見ただけでは個々人の学修内容が分かりにくかった」と、SFC特有の経緯を説明したうえで、「サティフィケートの発行で、学生がどのようなことを熱心に勉強してきたのかを客観的に分かるようになる」と述べた。

このように、「公式のサティフィケートを以て、学修の成果を学外の人に客観的に伝えられる点」が、認定のメリットのひとつと言えそうだ。

縦割りの専門に、横のつながりを

そして対外的な証明のみならず、パースペクティブに沿って履修することによる「実質的な学びの変化」も期待される。

濱田教授は「例えば卒業後、臨床心理士をめざして指定大学院に入学するSFC生もいるが、学部時代から心理を専攻してきた学生とは異なる強みがあると思う」と具体例を挙げつつ、さまざまな領域を学んだうえで、ひとつの専門領域に入っていくことの重要性を強調する。「パースペクティブというのはそうした学びのガイドになりうる」とした。

牛山准教授は、パースペクティブが「学生の研究のオリジナリティを生む仕組み」としても活用されることへの期待を述べた。

これから明らかになるパースペクティブの仕組み

パースペクティブは、特定の分野の専門性を高めるプログラムではない。また、専門領域と直接つながる分野のみが指定されているわけでもない。

パースペクティブは、「専門と隣接しないが、つながっていそうな」領域へと学びの裾野を広げるのを支援する。個々の授業の内容や形式は変えずに、授業の位置づけ・授業間の関連を新しく示すことで、履修のためのガイドラインを提供するとともに、SFCの知的資源の幅広さを明確化する試みである。

パースペクティブからは「ある特定の分野を深めるのに加えて、他の領域にも広く目を向けてほしい」というSFC生へのメッセージが読み取れる。一方で、ヘルスサイエンス以外のもうひとつパースペクティブが何かなど、明かされていないことも多い。受験生のみならず在学生にとっても、パースペクティブは見逃せない仕組みだ。

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