SFCをめぐる世評の中で度々言及されてきた就職率。しかし実際の就職率や就職先を詳細に分析した資料は意外と存在しない。今回は07年度卒業生の進路実績データを基に、SFCの就職率や就職先の特徴について分析した。参考までに早稲田大学の2学部(政治経済学部・国際教養学部)の進路データもわかる範囲で収集した。

08卒業SFC上位就職先一覧

SFC生の就職の実態は? プータロー製造工場なのか

キャンパスの多様な研究活動の実態を反映してか、SFC生の就職先には「大まかにこんなところへ就職している」というイメージがない。そのつかみどころの無さからか、キャンパスにはSFC生の就職に関して「ベンチャー志向だ」「いや、最近では大企業志向になってきた」「ネット関連企業に進む人が多い」などと、さまざまな伝説が存在する。どの噂も具体的な根拠があるわけではなく、個々人の印象から語られるレベルであり、ともすると一人歩きな感すらある。実態はどうなっているのだろうか?
 かつて週刊誌に「就職率5割を切った! 」と書かれる遠因ともなった、一時は3割にも達していた進路届の未提出率も、近年では5%前後にまで下がってきている。また大学当局の進路データをより詳しく公開する流れもあり、今ではかなり詳細に卒業生の進路を把握することが可能だ。そこで今回は07年度卒業生(08年4月入社)の進路データを基に、 SFCの就職の実態を見ていこう。なお資料のすべてを記事上に布置することが困難であったため、詳細なデータと出典はExcelファイルで別添した。
[SFC生の就職を考える]第8回資料

SFCの就職率・進学率・進路届未提出率

08卒業学部別進路基礎データ

まず学部卒業生の進路別内訳をご覧頂こう(※別添資料1)。

およそ7割は就職、1.5割が進学

卒業生のうち進路届を提出し、その就職が確認できた者の割合は、総環の2学部で70.9%であり、8割を超える経済学部や商学部よりも10%ほど低い就職率だ。理工学部の就職率が極端に低いが、これは学生の大半が修士課程に進学するためである。
 一方でSFCの大学院進学率は13.8%に達し、経済学部や商学部よりも10%ほど高い。比率では法学部に近いが、ここには法科大学院への進学者が多く含まれているものと推察され、文系他学部に比してSFCの進学率が高い傾向は変わっていないようである。文理融合型キャンパスのSFCならではの特徴といえるかもしれない。
 また就職も進学もしていない「その他」という項目があるが、ここには弁護士や公認会計士等の資格試験準備や海外の大学進学予定者などが含まれている。理工学部を除いてどの学部も10%前後の割合であり、目立った差は見られない。

大幅に低下したものの、未だに高い進路届未提出率

そして問題の進路届未提出率である。SFC生の未提出率は一時 30%を超えていたが、事務室の周知や提出手続のネット対応などにより、現在では5.8%にまで低下している。しかし、それでも未だ文系他学部の倍程度の高さだ。今日もどこかで熊坂教授が泣いている。

実際の就職者数と各学部別の比率

次にご覧いただくのが、学部別の就職者数と、その就職者全体に占める割合である。一般に学生の就職先のデータは、どの会社(あるいは業界)に何名就職したかが重視されるが、学部ごとに卒業者数や進学率が異なるために、就職者数を踏まえて見た方が実態を把握しやすい。そこで内訳を作成した。

比較学部・研究科内訳

学部ごとの就職者数には差があり、例えば経済学部の就職者数は総環の1.67倍である。より比率をわかりやすくするために、就職者中の占率も作成した。SFC生の割合は12.3%であり、就職者数が1,000人いたとしたら、うち123人がSFC生という割合になる(※看護除く)。

SFC生の就職意識を探る 3名以上就職先データから

3名以上就職先への就職数と割合

では、実際の個別の企業への就職者数のデータを見ていこう(※別添資料2)。慶應義塾大学の進路データは、全学部・研究科で就職者が3名以上の企業のみ、企業名と就職人数内訳を公表している。とはいえ、塾生の就職先は有名企業に集中するので、このデータからかなりの割合で就職先を捕捉することが可能である。具体的にはこの年の就職者5,186名のうち、74%の3,839名の就職先についてデータから知ることができる。まず、これらの基礎データから読み取れることを考えたい。

SFCは大手志向? ベンチャー志向? 集中率から考える

SFCの学生はベンチャー志向であると言われることがあるがどうだろうか?実際に初期のSFC生は、三田の学生が目指すような特定の企業以外にも多く羽ばたいていった。『週刊ダイヤモンド』(1996年4月6日号)の就職先集中率のデータによれば、三田諸学部の卒業生の7割が180社に集中しているのに対し、SFCの一期生は、692名が400社へ分散して就職している。このことから少なくともSFCは三田の一流志向・大手志向とは一線を画しているとの主張がある。
 これにはいくつかの歴史的背景がある。ひとつが大学側の勧奨だ。SFC設立前に塾教授陣が感じていた問題意識のひとつに、この卒業生の特定企業への集中があった。塾の目的を「全社会の先導者たらんことを欲するものなり」と結ぶ慶應義塾において、特定の企業だけに卒業生を送り出しているようでは具合が悪い。そのため設立当初の SFCの教授陣は、有名な大企業への就職が全てではなく、むしろ他者が行かないような会社への就職を進路の選択肢として示唆した。また、学生のうちから起業することも大いに勧奨した。SFCを「未来を創る大学」と位置づけ、これからの社会を担う新産業へ多く卒業生を送り出そうとする大学の狙いが見て取れる。
 実際に在学中から起業する学生も現れ、楽天市場のような成功物語も生まれた。現在でも学部長がtwitter上において

「これからの世の中、絶対安泰な就職先なんてないと思う(ギリシャ見てれば公務員も危ない)。だから、今ピカピカしてる会社や業界よりも、今はボロく見えても、未来に向けて挑戦してて、自分も夢が持てて、経験という資産がたまるとこを目指しましょう」(116 字)

と発言するなど、SFCには大企業・有名企業へ就職することを、手放しで賞賛する雰囲気は存在しないのかもしれない。
 もう一つは90年代において、SFC生のITスキルが希少性を有していたことだ。例えばSFCでは開設初期の頃から学生が当たり前のように個人のサイトを運営していたが、社会においてはウェブサイトを実装できる人材が圧倒的に不足していた。インターネットブームが始めるころには、アルバイト先の企業からサイト製作の委託を受けるなどして、大金を稼ぎ出す学生も存在した。こうした状況の中で、ITスキルを武器にネットベンチャーを設立したいという考えを持つ学生も少なくなかった。「大企業へ就職するなんて、独立のリスクを恐れて安定をとる妥協の選択だ」と考える雰囲気も一部にあったと、当時を知る卒業生は語る。一方でSFCの設備やプログラミング言語教育の先進性が次第に薄れていく過程で、ITスキルを武器にした起業意識も相対的に薄れ、昔ほどベンチャー志向の学生は多くなく、むしろ大企業志向の学生が増えたとする意見も多い。

ほとんどの卒業生には塾の同期社員が2名以上!?

話を戻し、就職先の集中率を比較してみよう。08年の進路データでは、全塾生の74%が3名以上就職先に集中しており、特定の企業に卒業生が集中する傾向は変わっていない。実に就職を選択した卒業生の7割強は、新卒入社時点で2人以上の塾の同期社員が存在するという状況なのである。ベンチャー企業への就職者数について、3名以上就職先データにおいてはサンプルが少なすぎるため、以後大企業志向の有無にテーマを絞り、就職先集中率のデータから考察を続けてみよう。

全塾的に就職先は分散 SFCはその中でも低い集中率

96年時点で7割が180社に集中していた三田の諸学部(文・経・法・商)の学生については、08年の時点で73%(就職者3,507名中2,576名)にあたる学生が354社へ就職している状況であり、学生数の増減は考慮していないが、就職先は昔よりかなり分散している。また、ここに含まれない残りの3割弱の学生は2名以下就職先への就職を選択しており、その人数は931名にのぼる。これらの学生だけでも466社以上の企業へ分散して就職していることになる。
  SFCについて見てみると、総環の就職者数639名のうち66.4%が3名以上就職先に集中しており、就職先企業数は182社である。仮にその他の215 名の学生全員が2名ずつ同一企業へ就職していたとしても、323社以上の企業へ分散していることになり、400社へ分散して就職していた開設初期の頃とそれほど変わりないように思われる。
 また、開設初期のSFC生の就職先が分散しているという主張があったが、その一方で SFCの学生が三田諸学部の学生以上に特定の大企業に集中するという状況も、開設から一貫して続いている。たとえばSFC一期生が就職した94年の就職実績において、東京海上火災への就職人数が経済学部19名(学部定員1,200名)であるのに対し、総合政策学部13名(同450名)。NTTへの就職者数が理工学部5名(同950名)に対し環境情報学部7名(同450名)であり、定員数を勘案するとかなり集中している。2008年現在の就職先企業名を個別に見ても、SFCがいわゆる人気のある大企業に、塾学部間の比率よりも高い占率で就職者を送り出している例はいくつも見られる。このように状況を整理すると、必ずしも三田=特定の大企業に集中、SFC=多様な就職先とも言えないようだ。「SFC生の就職の傾向なんて、ほかの学部とぜんぜん変わらない」と話すSFC教員もいる。
 ただ、3名以上就職先企業に集中する割合が、SFCよりも学生数の多い経済学部や法学部においても 8割前後であるのに対し、SFCにおいては7割にも満たない。このことから、未だにSFCの学生は三田諸学部の学生よりも多様な就職先を選んでいることは間違いないように思われる。
後編では業種別の就職人数を学部別に比較し、SFCの就職先の業種の特徴について考える。
文責:特集主幹 平野(07総卒)