14学則といえば、数学、いわゆる「データサイエンス(DS)科目」を思い浮かべる人も多いのではないだろうか。DSに苦しめられた/苦しめられている人は多い。今回の14学則特集は、DSに関するカリキュラムの制定メンバーを務めた河添健総合政策学部長にインタビュー。DSの現状から、そのコンセプトの裏にある河添学部長の学生時代までに迫った。

DS科目認定試験 落ちた人たちの意外な結末

—— SFCに入学してすぐ受けたDS科目認定試験(高校数学の習熟度合いを確認する試験。受からなければDS1に進むことができない)では、受からない学生がたくさんいますよね。

いやぁ、びっくりしましたよ。昨年度は6回やって、それでも受からない人がいたから、その翌年度の春学期最初の認定試験で受かればいいよ、と計7回のチャンスを与えました。だいたい2分の1ずつ合格者を出していったので相当人数は減るはずだったのですが、減らないんですよ。
 6回目でも受からなかった人がいたから、「もしできなかったらどうしようか。鶴岡(山形県、鶴岡タウンキャンパス)に合宿に連れて行こうか。でも旅費はどうするんだ」ということを話したりも(笑)。
 それでも、何回も試験を受けた人にはDS1の履修を認めました。最終的には8回目として特別授業を2回やって、その1時間後に試験をしました。さすがにみんな50点以上とれたので、「まぁ、みんな合格させてもよい」という判断になりました。つまり、昨年は試験を受けた人は全員通しました。でも、今年もそうするかはわかりません。
 ただ、満点をとる必要はない。実際は40点前後で大丈夫です。何問かおさえておけば、すぐ30点はいきます。あとは残りちょっとをどれだけ頑張るかです。でも、点数分布を見ると十数点台の人が何人もいるんです。これはまずい。完全に避けている。そういう人を何とかしないといけないですね。
 

役に立つために存在するわけではないDS基礎

—— SFC CLIP編集部で実施したアンケートでは、DS基礎(認定試験合格を目指して高校数学を復習する授業)が役に立たなかったという意見も半数くらいありました。

高校の数学を教えるのは難しい。もし、単純に試験問題の傾向と対策のようなことをやれば、一生懸命聞いて、よかった、役に立ったという評価になるでしょう。しかし、それでは何のための授業なのかわからなくなってしまう。数学Ⅰ、Ⅰ+Aしか習っていない人たちも、高校の教科書を開いてもう一度数学と向き合いましょう、というところを重視しているのですが、なかなかそのメッセージが伝わりません。ただ、DS基礎は、問題集は作ったけどテキストがまだできていません。そこは改善していきます。

「DS基礎の授業は自分の数学力向上に役立ったと思いますか?」という質問に対するアンケート結果。半数の学生がDS基礎が役に立たなかったと回答した。

「1回は落ちろ!」

—— 高校3年間でやったことを1学期間でやるのは難しいのではないかという意見もありました。

1学期じゃなくて1年間時間をかけてやればいいじゃない。授業でやるのは高校数学の一部分です。それに、DS基礎は週2コマでやっていて、2つの内容は重ならないようになっています。頑張れば、週2コマとも受けることで、クォーター(4学期のうちの1期)で、1学期分の内容を学ぶことができます。
 できない人は焦る必要はなくて、ゆっくりDS科目をクリアしていけば、卒業は問題ない。だから、私は「1回は落ちろ!」って言っているのです。1年生の春学期にDS1を落としても秋学期にとれるし、2年生の春学期にDS2を落としても秋学期にとれる。何回か落としても、もう一回チャレンジできるくらいの余裕は与えています。一般的な大学では、一度でも落とせば留年という厳しい必修もあります。医学部や理工学部に比べたら天国みたいなものですよ(笑)。

—— 数学を学ぶのであれば、θ館という大人数ではなくてもっと少人数にしてほしいという声もあります。

教員が10人いれば小さい教室に分けてできますが、雇うお金がないのが現状です。SAはたくさんいて質問を受けられるようにしていますが、まだ十分に機能していません。どうしても一度数学から離れた人は敷居の高さを感じてしまって、いくらこちらが自由に学んでくださいと言っても、なかなか簡単にはいきません。

統計学者以外が統計を教えるSFC

—— 反対に数学ができる人にとっては、DS1をとらないとDS2がとれないのは面倒なようです。飛び級のような制度は作れないのでしょうか?

DS2でDS1の内容を使うから現状はそうなっています。でも、できる人に対してはDS1とDS2の同時履修を認めればいいんですよね。実はそういう話もありました。同時履修を認め、もしDS1の単位を落としたら、DS2も同時に落とすようにすればいい。ただ、学事からすると処理が複雑すぎてできないとのことでした。
 とはいえ、DS1を春学期で終わらせればいいし、早ければ1年生の秋学期にDS2の勉強ができる。普通の大学だと、1, 2年生は本当に基礎教養だけだから、DS2に相当する部分は3, 4年生で学ぶことになります。
 ビッグデータやオープンデータという流行り言葉が出ていますが、それらにどう対応するかをDSという科目として教えているのは、おそらく全国でもSFCだけではないかと思います。普通は統計学者が統計を教えますが、SFCのDS2では実際に統計を使っている教員が、どういうことに使っているのかを見せようとしている。統計学者の統計の授業よりはるかに実践的な授業だから、教員がちゃんとDSを使っていれば、おもしろいはずなんです。
 

「できる人は理工学部へ」

本当に数学ができる人が私のところに来て数学をきちんと勉強したいといったときは「理工学部に行け」と言っています。本当に数学がきっちりできる人は、SFCだと物足りません。SFCに在籍していても理工学部の授業はとれるし、あるいはほかの大学の授業に行ってみればいい。
 ただ、ちょっと教員側で注意しなきゃいけないのは、ギリギリで試験をクリアした学生と、本当によくできる学生が一緒になっているから、それを一律にして評価するのはかわいそうということです。頑張ったということが評価されるシステムにしないと、努力が報われないですよね。

—— 今の段階(2015年度春学期)でDS1の単位を取得できないと、2014年度に入学した学生は留年となります。こういう学生を秋学期でさらに救済する見込みはありますか?

数学は興味をもって自分でやる学問。だから、私たちが君たちの数学の能力を高めてやろうとは思っていないわけです。ついてくる人にはしっかり教えるけど、全体的になんとかするということはできません。学生のモチベーションがなければ無理。君たち学生が主体的に勉強しようと思わないと救われませんよ。
 先学期、最後の特別授業まで受けた人たちを救ってあげたのは、やはり「頑張りますから救ってください」というメッセージを受け取ったからです。待っているだけではダメ。何回も試験を受けて、自分は頑張っているんだという姿勢を示さなければいけません。

数学は自分でやる学問

村井(村井純環境情報学部長)も私も、当時できたばかりの工学部数理工学科(1974年設置、現理工学部数理科学科)出身で、ちゃんとした授業のようなものはあまりなかった。授業は、いつも寝ていた記憶しかありません。わかる授業はつまんない、わからない授業は難しい、何もおもしろくない。結局、数学というものは自分で勉強するようになるんです。
 教員が学生を育てるのが授業だと思っている人もいます。でも、それは私にとってはありえません。教育はきっかけぐらいは与えるけど、そもそも自分でやるのが勉強。困ったときはしつこいくらい助けてあげますが、こちらから知識を伝授してあげようということはありません。
 数学の場合、修士になると教員と学生の立場が逆転します。若いほうが圧倒的にアドバンテージを持つ。早い段階で「勉強するのは自分」になってしまうのが数学。でも、教員が教えて一緒にやっていくという学問分野もあるわけです。そうした多様な授業をSFCが受け入れていて、私みたいにきっかけを与えるだけの教員もいれば、しっかり教えてくれる教員もいる。いろんな教員がいて統一されてないのがSFCのダイナミックスという感じですね。

「必修化に反対だった」

—— そういった河添学部長の意図が反映されて、今の14学則の制度が生まれたのでしょうか?

14学則そのものについては、私が学部長になる(2013年)前から話し合っていました。DSについてはDS協議会という場があって、そこで意見を交わしていました。DS協議会には、SFCの理数系の教員が参加していて、それぞれの研究会で使う数学として「これくらいの知識がないと卒業させたくないよね」という話などをしていました。つまり、「DS2をとるためにはこれくらいのことは知らないとまずいだろう」ということです。
 ただ、私自身は数学に限らず必修化には反対でした。必修にしなくても何が必要となるか、何を必要とするかを学生自身が考えるだろう……と思っていたら、やらない人がいっぱい(笑)。
 14学則の基本的なコンセプトは「足腰を強くする」。ということは、逆に言えば今まで弱かったわけです。SFC創設当初からあるAO入試では、学力よりもモチベーションを重視しています。だからAO入試では成績のレベルを出願要件には入れていません。(学業成績優秀者を対象とする方式もある) その代わり、足りない分は自分で勉強しなさい、SFCに入ったら勉強するよねと確約させて、入学させている。ところが、ここ5、6年前の現象として、本当に困っている人のためにちょっとゆるめておいた「制度の穴」を、学生たちが利用していたんですよ。AO入試で勉強しますと言った学生も、穴を見つけて勉強せずに済ませてしまう。それでネット上ではSFCは勉強しないで卒業できるところだと書かれるようになってしまった。これが発端で、制度の穴を埋めて今の形にしました。
 

逃げなければ、救われる

—— 数学が苦手な人に伝えたいことは何でしょうか?

「逃げるな!」ということですね。数学だけじゃなくてあらゆる勉強において。そうでなければ救われません。DS基礎なら認定試験をちゃんと何回も受けることが大事。逃げちゃったらもう救いようがない。だいたい同じような問題を出しているのですから、毎回受ければ傾向と対策は自分でわかるはずです。そんなに高いハードルではありません。
 ただ、それでもひどく落ち込んでいる人には、「一回遊びに来いよ」と言いたい。特別授業をやってあげます。全然うつになることはないんですよ。
 

反動としての14学則・データサイエンス

冗談を交えつつも、本音を語った河添学部長。その人となりが、今のDSの仕組みを形作っているようにも感じられた。
 河添学部長は、日本統計協会の月刊誌『統計』2015年3月号の特集「大学における統計教育の新たな動き」において、14学則の前身、07学則について「成功か失敗かと聞かれれば、成功とは答えにくい」と述べ、以下のように振り返っている。

深刻なのは学生のモチベーション不足である。AO入試を含め一般入試において傾向と対策が浸透し、SFCに入ることを目標とする学生が増えてきたことに起因する。(中略)目標ははるか先にあり、その達成の手助けをする場がSFCである。(中略)多様性を深めるために開講科目を増やせば増やすほど、学生は易しい科目、A評価を取りやすい科目を真っ先に履修するようになる。コンセプトは理想であったが、カリキュラムとしては不完全燃焼に陥ってしまった。 (一般財団法人日本統計協会 月刊誌『統計』2015年3月号 特集「大学における統計教育の新たな動き」―「数理統計教育の25年」より)

これを背景として、現在のデータサイエンス科目を始めとした14学則の「足腰を強くする」コンセプトが生まれたという側面も大きいだろう。数理系科目の数は、かつて最大37科目あったものから、現在の約18科目へと大きく減少した。科目数が少なければ逃げ道も少ないので、学生たちは仕方なく履修し、学習効果が上がるという読みからだったという。

河添学部長は、高校1年生時点で数学をやめてしまったような学生はなかなかDS科目を合格できない状態にあると指摘している。学生側には、そんな不利な状況であっても諦めずに最後まで努力を続ける姿勢が必要とされるだろう。しかしその一方で、自分たちがより興味深く学んでいくために必要なものを、教員側に求めていくという姿勢も、学生はとることができるはずだ。
 14学則において必修科目が多くなったとはいえ、学生に求められいるものは“自主性”であり、それは数学が苦手な学生もそうではない学生も同じではないだろうか。

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